『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第2話

更新日:2021年4月13日 17:41

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第2話

 

キリコは半日近くをその土地の観察に費やした。

 

(南か北か分からないが、ここは極圏だ)

 

落ちるべき時間が経過しても陽が落ちない。つまりは緯度が高いということだ。

 

(幸いなことに、夏だ)

 

しかし見渡す限り大地に樹木と言えるものは無く、所々に背の低い灌木があるのみ、湿った土の上を貧弱な名も知れぬ草と地衣類が覆っていた。

 

(さてどうしたものか)

 

キリコは傍らの救命カプセルを見やった。現在地は極圏であり季節は夏だということは分かったが、その他のことはさっぱりだった。命を脅かすような野生動物がいるかいないか。その他にも思わぬ危険があるかないか。

 

(二日はこいつの世話になろう。そのあとは始末しなければ…)

 

カプセルはそれがギルガメスであろうとバララントであろうと軍の捜索の目印となる。だがまだ大丈夫と計算した、カプセルの中は快適とは言えないが想定外の脅威から二人を護ってくれるだろう。

 

「寝るぞ」

 

大地に並行して沈み切らず鈍い光を放つ太陽、それがここの夜だった。キリコはチャイルドを促してカプセルに入った。

 

 

 

翌朝、沈まぬ太陽はいつの間にか反対にあった。

 

「食べろ」

 

キリコは用意した非常食をチャイルドに勧めた。チャイルドはそれをチラッと見たが手を伸ばさず無表情に目を逸らした。どうやらそれらはチャイルドにとって食べ物とは認められないものらしい。

 

「…食べたくなけりゃ食べなくていい」

 

キリコはそれ以上勧めずその貴重な一食を丁寧に仕舞った。

 

自分の食事が終わるとキリコは身支度を整え、

 

「手伝え」

 

と促した。

 

「何を?」

 

「大地の割れ目を探す」

 

「何で?」

 

「カプセルを隠すんだ」

 

「どうして?」

 

「いいかこの大地は永久凍土と言って、下は何十メートルか何百メートル、何処までも凍りついている。手では掘れない。だが割れ目があるんだ。融解ポッドと言って夏にはその割れ目が融ける。カプセルが隠せるほどのを探すんだ」

 

「何でカプセルを隠す」

 

「今は説明している暇はない。手伝いたくなければカプセルの中にいろ」

 

キリコは言い捨てて歩き始めた。

 

カプセルを中心に周囲を昼まで捜索したが融解ポッドは見つからなかった。昼食を取りに戻り、チャイルドにも勧めたがやはり手を伸ばそうとしない。代わりに、

 

「なぜカプセルを隠す」

 

と質問を繰り返す。

 

「奴らに見つかりたくない」

 

「奴ら?」

 

「ギルガメスにもバララントにもな」

 

「なぜ?」

 

「話せば長くなる。もういい」

 

午後はカプセルの移動限界まで捜索の範囲を広げることにした。

 

「ここを離れるな。何かあったらカプセルに入れ、いいな」

 

キリコは融解ポッドの捜索に戻った。しかし見つからない。

 

(これ以上範囲を広げたらカプセルを移動できない。他の手を考えるか)

 

諦めてカプセルのもとに戻ると、

 

「んっ?」

 

チャイルドがいない。不吉なものが胸を走った。思わず名を呼ぼうとしたが、名が出てこない。

 

「くそっ!」

 

空に向けて一発発射した。さえぎるもののない荒野に乾いた銃声がこだました。と、かなたに動くものがある。やがて人影になりチャイルドとなった。

 

「一人で動くな」

 

「お前の言う融解ポッドを見つけた」

 

「どこだ!」

 

チャイルドが背後を指さす。

 

「案内しろ」

 

融解ポッドはカプセルを隠すに十分の大きさがあった。

 

「やったな!」

 

思わずの誉め言葉にもチャイルドの反応は無い。

 

「手伝え」

 

キリコはカプセルの移動に取り掛かった。軽量とはいえそれは一仕事であった。チャイルドの手伝いは無かった。

 

(さて…)

 

カプセルを隠しおおすと休まずエマージェンシーキットの樹脂ポールとパラシュートクロスでテントを設営した。小さいとはいえテント内はカプセルと違って手足が伸ばせた。労働の疲れが一気の眠りを誘った。

 

翌朝目覚めるとチャイルドが居なかった。朝食を整えてしばらく待つと戻ってきた。そしていきなり、

 

「ポッドを三つ見つけた」

 

と言う。

 

「そうか。しかしポッドはもういらない」

 

というと少し瞳が曇った。

 

「メシを食え」

 

差し出す皿を受け取りもしないで地平線に目をやる。

 

「何でポッドを見つけたんだ。ポッドが好きか」

 

変な質問だったが、答えも変だった。

 

「この大地は永久凍土で、下は何十メートルか何百メートル、何処までも凍りついている。手では掘れない。だが割れ目がある。融解ポッドと言って夏にはその割れ目が融ける。カプセルも隠せる」

 

「カプセルは隠した。だからポッドはもういいんだ。さあメシを食え」

 

反応がない。ふとキリコは気づいた。

 

「このメシは確かにお前があそこで食べてきたものとは違う。食べ物に見えないかもしれないが食べ物だ。食べ物にもいろいろある。美味いものも不味いものもある。しかし俺たちは何か食べなければ生きていけない。第一腹が減るだろうが」

 

チャイルドの聞いているのが分かった。キリコは続けた。

 

「腹が減ってりゃなんでもうまいぞ。それに栄養がある。栄養は人間の体に必要なものだ」

 

チャイルドは確かに聞いていた。それもかなり熱心に、

 

「栄養には大きくいって二つの役割がある。身体を作るものと体を動かすエネルギーになるものだ。こいつは主に体を動かすエネルギーになるメシだ。さあ食え」

 

キリコの差し出す皿にチャイルドの手が伸びた。

 

「食え、力が出る」

 

チャイルドがおずおずと、今まで自分が食べ物と認めなかったものを口に運んだ。あとは一気呵成だった。何しろ二日近く食べ物を口にしていなかったのだから無理もない。キリコは悟った。こいつはちゃんと説明し、理解しないと動かないのだと。

 

「どうだ美味かったか」

 

目が美味いと叫んでいた。

 

「もう少し食うか」

 

利発な顔が激しく頷いた。

 

二人の食事が終わった。

 

「さて…」

 

キリコは今日やるべきことの為に立ち上がった。

 

「そうだその前に…」

 

チャイルドを見た。チャイルドもキリコを見た。二人の間に何か特別なことが起こる空気が発生した。

 

「嫌だったらいやだと言え。今からお前を『ルー』と呼ぶ」

 

「ルー?」

 

「そうだお前の名前だ」

 

「何でルー?」

 

「特に意味はない。アーもカーもツーも呼びにくいし、ルーがいいと思った。ルー、良くないか? 俺は気に入ったんだが」

 

チャイルドは少し考える顔をしたが、

 

「問題を感じない。お前がよければ、今から私はルーだ」

 

こうしてチャイルドはルーとなった。

 

 

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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