『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第5話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第5話

 

カブーを狩る日がやって来た。

 

グドーンの準備はいたってシンプルだった。辺りの灌木の中のやっと人間の背丈ほどになるか、柳の一種であるその枝を叩いて繊維を取り出し、綯って、ロープを作る。そのロープを杭で固定し先端に環状の罠を仕掛ける。あとはカブーが来るのを待つ、それだけだった。

 

「ふーん」

 

キリコは余ったロープを矯めつ眇めつし、

 

「ルー。これを思い切り引っ張ってみろ」

 

と一端を渡した。ルーが両の手にロープを絡めて全身で引いた。二人の間でロープはピンと張られたがギリとも言わなかった。

 

「ソイツハツヨイ アシニカラマッタラ ゼッタイニトレナイ」

 

グドーンが言った。

 

罠は緩やかにうねる丘陵地帯のその中のさらに小さな丘陵の、何かの加減で削り取られたような窪みに仕掛けられた。

 

三人は罠の近くでキャンプを張ってカブーを待った。

 

カブーは数十頭から百頭くらいの密度の薄いパラパラした群れが穏やかに行き過ぎていくだけで、罠には掛からなかった。

 

「なかなか掛からないな」

 

三日目になってキリコが言った。

 

「オオキナムレニ ナラナイトナ」

 

グドーンの説明によればカブーの群れは小さな群れがだんだん集まり、やがては数十万頭もの群れに膨れ上がる。その群れの中でちょっとしたことが原因で大疾走が発生するらしい。そうすれば個々のカブーの足元への警戒心が薄れ罠に掛かりやすくなるのだと言う。

 

「ちょっとしたこととは?」

 

「ウルグゥントカ グランツアトカ カブーバエダ」

 

「カブーばえ?」

 

「ウン カブーガ イチバンキラウ」

 

グドーンによればその蠅はカブーの耳や鼻腔に卵を産み付ける。卵はそこで幼虫となり血を吸い成長する。時に粘膜を食い破り内部に侵入し生命をも脅かす。カブーバエが身辺に近寄ると首や脚を振るい寄せ付けないようにするが、それが時に他のカブーを刺激し大疾走のきっかけとなるのだと言う。

 

ルーはその話を鼻を押さえながら聞いていた。

 

やがて……グドーンが言うようにうねる丘陵を何万というカブーが埋め尽くした。そしてそれは突然起こった。大疾走だ。地が響き轟いて、まるで大地の表皮が流れ出したかのようだった。

 

その只中で身を竦めているルーに向かってグドーンが言った。

 

「ダイジョーブダ カブーハオレタチヲ フマナイ」

 

草食獣は脚を痛めたら致命的だ。障害物との衝突は本能的に避ける。

 

大疾走は十数分で終わった。

 

そして、グドーンが言ったように二つの罠に二頭のグドーンが掛かっていた。一頭は脚を折りもがき、一頭は罠を引き千切ろうと暴れていたが、グドーンの手槍が的確に急所を突きそれらの動きを止めた。

 

そこからが労働だった。近くにある風溜まりのような段差にカブーを運び逆さに吊るして首にナイフを入れ血を抜いた。次に皮をはぎ内臓を取り出し四肢をばらした。一頭はおよそ百五十キロ、もう一頭は二百キロはあった。さらに小分けした肉塊を用意した荒籠に入れ川の水に晒した。

 

グドーンの指導の下一連の作業をこなし終わった時、疲れも見せず、目を輝かせてルーが言った。

 

「またやろう!」

 

「ウマカッタカ?」

 

グドーンが解体しながら食べた生の肝臓のことを聞いたが、

 

「うまいけど、面白い。また獲ろう」

 

グドーンは首を振った。

 

「マエノモアル モウイイ」

 

「ウルグゥンにもやればいい」

 

グドーンが首を振る。

 

「グランツアには」

 

グドーンは更に首を振り、

 

「ジブンノモノハ ジブンデトル ソレガココノヤリカタダ」

 

ルーは多少考える目をしたが、

 

「…そうか」

 

と、彼方を行くカブーの姿を目で追った。

 

 

 

翌朝キリコは大地の轟で目を覚まされた。

 

(カブーか…)

 

ふと横を見るとルーの姿がない。身を起こすとグドーンの後姿が目に入った。

 

「早いな」

 

と傍に寄ると、無言で彼方を示した。

 

「ん?」

 

そこには疾走するカブーの群れがあったが、やがて疾走が終わるとまばらになったその歩みの向うにルーの姿が垣間見えた。

 

「ルー!?」

 

駆け寄るとルーが罠に掛かったカブーに手槍を振るっていた。

 

「ルー!!」

 

嬉々としたその顔は汗と返り血で濡れそぼりキリコの声も耳に入らぬようだった。その一頭の動きを止めたルーは更に少し離れたところでもがくカブーのところに走った。

 

「やめろ!」

 

制止の声など耳に入らぬようにルーが手槍を使う、そのひときわ大きなカブーの巨体が断末魔の痙攣に四肢を震わせる。手槍の先にしがみつくルーの身体がまるでぼろきれのように振られる。やがて、

 

「獲った! 獲った!」

 

カブーの急所から手槍を引き抜いたルーが、誇らしげにキリコを見やった。

 

「五つだ! 五つも獲った!」

 

キリコはルーの手から無言で手槍を奪い取った。手槍は血糊でべとつきキリコの手もそのぬらつきに塗れた。

 

「もういいと、言ったろう」

 

「でも面白い! あんなにいる」

 

ルーの目は本能の熱にきらめきカブーの姿をなお追っていた。

 

 

 

明日は帰るという夕方、三人はたき火を囲んでカブーの肉を焼いた。

 

ルーは弾け落ちる脂を見ながらまだカブー狩りに意欲を見せていた。

 

「まだたくさんいる。もっと獲りたい」

 

狩猟本能に目覚めたらしい。

 

「グドーンがもういいって言ってるから、もういい」

 

「でも面白い」

 

「もういいんだ」

 

「あんなにいる」

 

「いい」

 

「だけど楽しい」

 

「楽しくない」

 

「キリコが楽しくなくてもルーは楽しい」

 

「楽しくない」

 

「楽しいたらっ!」

 

「いいったらいい!」

 

二人の会話はキリがなかった。キリコの論理ではルーの本能は抑えようがなかった。合間に二人は肉を食らい、そして話はまた戻る。

 

二人のやり取りを聞いていたグドーンが、やがてぽつりと言った。

 

「ピガイーグル トルカ?」

 

「ピガイーグル?」

 

「なに、それ?」

 

「カワノヌシダ」

 

「ぬし?」

 

「前に言っていた三百年生きているっていう、あれか」

 

「ソウダ」

 

グドーンによれば様々な説があると言う。

 

そいつはこの大河に棲み、この大河の王で、体長は五メートルを超えるらしい。めったに姿を見せないが、河辺に水を飲みに来たカブーを一呑みにしたのを見た者がいると言う。

 

「それ食べられるのか?」

 

「サア トッタモノガイナイカラワカラナイ」

 

「それ とれるのか?」

 

ルーの言葉がグドーンに引きずられておかしくなっているのが、キリコには可笑しかった。

 

「ヒトリデハトレナイ ダカラ…」

 

グドーンの言うにはピガイーグルに立ち向かうには力がいる。仲間が必要だ。だから三人でどうだ、と言うことだった。

 

「ピガイーグルか……」

 

キリコはカブー獲りに執着するルーにグドーンが何か伝えようとしているのを感じていた。

 

「ところでグドーン、あんたは幾つになる?」

 

「ロクジュウマデハカゾエタガ サイキンハカゾエテイナイ」

 

キリコは自分の歳とルーを七歳と告げ、それ以上の説明を省いた。グドーンも、

 

「ソウカ」

 

と言い、歳の話はそれで終わった。

 

「ポッカン ガイイ」

 

「ぽっかん?」

 

ぽっかん、とは釣りの方法だった。餌に針を仕込ませ水中に投げる。その感じからぽっかんと言うらしい。

 

グドーンによれば河にカヌーを出しカブーの肉の塊に針を仕込み河に“ぽっかん”する。もし掛かればピガイーグルと三人の力比べになる。相手が相手なので究極の体力を必要とする。下手をすればカヌーはひっくり返され、低温の水に呑みこまれて分と言わずに命を失うことになる。

 

「獲れたら食料になるのか?」

 

「ワカラナイ トッタコトガナイ」

 

「何でとる?」

 

「トッテミタイカラダ」

 

「面白いか?」

 

「ウーン……ドウカナ……ダガ……トッテミタクナイカ」

 

「それって、必要なことなのか?」

 

「サア……ヒツヨウデハナイダロウ カミニサカラウコトカモシレナイ」

 

「かみ? かみってなに?」

 

キリコはルーが『神って何?』と訊くのが可笑しかった。

 

「ねえ、かみって何?」

 

「ミンナガ サカラッテハイケナイモノダ」

 

「みんなって?」

 

「コノヨノスベテノモノ ルーモ キリコモ」

 

「かみって、偉いんだな」

 

「ソウ エライ」

 

キリコはグドーンとルーの会話を聞きながら、

 

(神というものを…神の言うことを…いつも裏切ってきたのが人間だ)

 

と胸の中で呟いた。

続く

 

 

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イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE


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