『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第6話

更新日:2021年4月13日 17:45

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第6話

 

 

ピガイーグルを獲る。

 

三人の意見がまとまった。正確にはグドーンとルーが意欲を示した。キリコは反対をしなかっただけだ。

 

「ジュンビガイル」

 

とグドーンが言った。さらに、

 

「イロイロ シツモンヲスルナ」

 

グドーンが二人にくぎを刺した。正確にはルーに対してだが、

 

「ダマッテ イウトオリニシロ」

 

と念を押した。

 

「する!」

 

ルーは声に出し、キリコは軽く頷いた。

 

グドーンはまず獲った七頭のカブーの処理を急いだ。

 

皮を丁寧に剥ぎ、身体を割り内臓を取り出し肉を細かく分類した。

 

グドーンは『イロイロシツモンヲスルナ』と言ったわりには適時に作業の意味を説明した。その方がルーの働きがスムーズになることを分かっていたのだ。

 

「カワハ カヌーニハル」

 

「イブクロハ ウキブクロヲツクル」

 

「浮袋?」

 

ルーはオウム返しに聞き返したが、質問はそこで止めた。いずれ分かることだ。グドーンの説明もそこまでだった。

 

カブーの処理が終わると近くの泥炭地から泥炭を切り出し、レンガ状のブロックを作った。それらを効率よく天日で乾かすために流木の筏の上に並べた。

 

続いてが柳の繊維を綯う釣り綱作りであった。それは根気のいる仕事であった。

 

「どのくらい作る?」

 

ルーの質問にグドーンは両手を広げて、

 

「ヒャク…」

 

と言い、

 

「ニヒャク」

 

と訂正した。単調で辛抱のいる作業が六日も続いた。小山のようなロープの渦を満足そうに見つめてグドーンが頷いた。

 

「ツギダ」

 

グドーンは自分のパオルーンの周辺に放置してあった流木を回収した。それは一見ただの流木に見えたが実はカヌーの竜骨だった。

 

「スコシタサネバナ」

 

流木をつぎ足し三人が乗れるサイズのカヌーの竜骨が完成した。カヌーはカブーの皮を張り船の形を成した。

 

「テツヲ トリニイク」

 

カヌーに四、五日程の食料が積まれ、三人は川上を目指した。

 

「テツヲトリニイクって、テツって何?」

 

ルーがそっとキリコに聞いたが、キリコは小さく首を振った。

 

カヌーでの遡行は操船の訓練も兼ねていた。ある意味大河の流れは単調だ、ルーもキリコもあっという間に小舟を操るのに慣れた。

 

河は対岸も見えないほどに大きかったが、河は河で正確に満ち引きを繰り返した。満ち潮を利用すると船足は格段に上がった。

 

昼の川面はただ褐色に鈍く輝くだけだが、沈まぬとはいえ朝晩の傾いた陽光に染められた川面は黄金色に重くうねった。

 

三日過ぎた午後、目的のものが川上に向かって右の岸辺に侘びた姿を現した。

 

それは座礁した船だった。およそ長さ三十メートルほど、船首を川下に向け右舷を流れに漬けていた。カヌーを寄せるとそれは軍船と知れた。かつてこの大河を哨戒していたのか。

 

「確かに鉄の塊だな」

 

キリコはルーに囁いた。

 

グドーンを先頭に三人は乗船した。甲板に上がって分かったが大小無数の着弾の痕跡からこの船の最後がどんなに凄まじいものだったかが知れた。

 

グドーンの指示で必要な鉄材を探した。それはピガイーグルを釣り上げるための釣針用の太いワイヤーと、止めを刺すための銛頭を作る鉄片だった。グドーンはその他に幾つかの使用目的が不明の鉄材を集め、点検し頷いた。

 

「モドル」

 

グドーンは短く言って二人をカヌーに急かせた。

 

流れに任せての船足は速かった。明日はキャンプ地に着くという前日、

 

「あれに乗っていたのか?」

 

キリコがグドーンに聞いた。

 

「アア」

 

特別に表情を変えずグドーンは頷いた。そして、

 

「オレハ フナノリダッタ…」

 

彼の語るところによれば二十代のほとんどを船に乗って過ごしたという。

 

「ミンカンノフネダッタ…」

 

この世界のすべてを回ったらしい。今でもたびたび思い出すのは、

 

「ミドリノシマカゲト シロイスナハマト アオイウミダ…」

 

グドーンは遠い目をした。

 

「ソレカラ…グンニハイッタ」

 

故郷に近づくためだった。グドーンはもっと内陸だが、夏には陽が落ちず冬には日が出ないこの極北の大地に生まれ育ったらしい。

 

「コキョウニチカヅクダケデヨカッタ」

 

軍務はこの大河とその出口の沿岸地域の哨戒であったが、ある時戦況に変化が起き乗船が攻撃された。生き残ったのは、

 

「オレヒトリダッタ」

 

一人で戦友を弔ったが、船の傍にいるのは辛く、さりとてこの地を離れる気にはならず今に至っているというのだった。

 

「生まれたところになぜ帰らない」

 

「ココデイイ」

 

話はここで終わり、翌日三人はキャンプ地に戻った。

 

 

 

グドーンの段取りには淀みがなかった。

 

キャンプ地の一角に、持って帰った使途不明だった鉄材と拾い集めた岩塊で即席の溶鉱炉が手際よく作られた。乾ききった泥炭のブロックに火が着けられ、カブーの皮袋で作られたふいごが海獣の鼻息のような音を立てて空気を送り込む。

 

炉に送り込まれたワイヤーと鉄片がたちまちに真っ赤に焼け染められ、取り出されてはハンマーに打ち立てられ、その度に形が整っていく。

 

息を詰め見ていたルーの口から感嘆の吐息が漏れる。

 

「おお――!!」

 

何が行われているかが分かれば結果に期待がかかる。やがて―――

 

ジュウウウウ―――と備え付けの水桶にそれが突っ込まれると激しく水蒸気が上がった。ゆっくり引き上げられたそれは禍々しい目的を黒褐色の体中に尖らせ、さらにもう一方は紡錘形の身体に凶暴な殺意を漲らせていた。

 

行為は繰り返され巨大な三つの鉤針と二つの銛頭が完成した。

 

それらの役目に輝きは必要なかったが、ルーは慈しむように荒砂とやすりで光を与えた。

 

 

 

おおむねの準備は整った。

 

だが実行に臨んでグドーンは慎重だった。自分を含めルーにはむろんキリコにも作戦のイメージリハーサルを強く求めた。それはカヌーに持ち込む用具類はむろんのこと食料の詳細にも及んだ。そして、行為の第一歩、カヌーの出航から、ピガイーグルへの仕掛けの諸々、ワッチの交代のタイミング、掛かった獲物をどう追い詰めどう取り込むか、どこまで作戦を継続しどこで終了させるか、

 

「スベテニオイテ マヨイハキケンダ」

 

繰り返されるリハーサルの中で加えられたものも幾つかあった。例えばそれは獲物が掛った際獲物の逃亡に合わせて釣り綱を繰り出すことになる。釣り綱は二百尋(ヒロ)用意したが相手は稀代の大物だ。それだけで足りるか? 当初の作戦では釣り綱のラストにはカブーの胃袋で作った浮袋をつけたが、それをも水中に引き込みそしてそれが万一外れてしまったら全ては水の泡になる。浮袋が外れても獲物を逃さず見失わないためには釣り綱をもっと長くする必要がある。がしかし、カヌーに乗せる釣り綱は量的にもう限界だった。キリコがアイデアを出した。

 

「パラシュートクロスをほどこう」

 

パラシュートクロスの繊維は強靭で嵩を持たない。

 

「イイアイデアダ」

 

それはさっそく実行に移された。

 

「ホモアッタホウガイイ」

 

グドーンの提案でクロスの一部を残し小さな帆を仕立てた。

 

さらにピガイーグルへのとどめを銃で行うことも検討された。暴れるピガイーグルの尾の一振りがカヌーに当たればカヌーは粉砕され三人の命は瞬時に冷水に呑まれるだろう。だが、

 

「……ソレハダメダ」

 

グドーンは首を振った。さらに、

 

「イミガナイ」

 

と断乎として言い切った。

 

そう、ピガイーグルに挑むということはそういう事ではないのだ。たとえそれが神の意志に背くことであっても……。

 

 

 

カヌーを大河に漕ぎ出す日が来た。

 

リハーサルは充分にした。

 

カヌーには小さなマストが立ち左舷には補助フロートも付けた。

 

「ピガイーグルヲトル」

 

「うん!」

 

ルーは声を上げ、キリコは軽く頷いた。

 

カヌーはまず上げ潮と追い風を利用し川上に向かった。

 

二日遡行し、河の中央で“ぽっかん”を行った。使える綱の関係で竿は一本、その綱の先に一〇キロほどのカブーの肉塊を三個ほど仕掛けた。三個すべてに鉤針が仕込まれた。

 

「アトハマツダケダ……」

 

グドーンは帆を降ろし船を河の流れに任せた。

 

舷側を叩く水の音しか聞こえない。

 

ごくたまに水面を小魚が跳ねる。それを狙ってか上空を鳥が旋回するが水面までは降りてこない。静かすぎる時が流れ、竿はぴくとも動かず第一日が終わった。

 

「竿は?」

 

キリコがグドーンに仕掛けの始末を聞いた。

 

「ソノママデイイ」

 

「ピガイーグルはいつ食べる?」

 

ルーの率直すぎる質問にも、

 

「ワカラナイ ダカラサオハソノママニシテオク」

 

キリコは釣り綱を左手に絡め、

 

「俺が起きている。ルーもグドーンも寝ろ」

 

と言った。

 

「アトデカワル」

 

グドーンは船底に身を横たえた。

 

「ルー、お前も寝ろ」

 

「うん」

 

ルーもグドーンに倣った。

 

ほどなく、大小二つの寝息が聞こえ始めた。

 

(初めてかもしれない……)

 

とキリコは思った。

 

気が付いたら、硝煙と閃光の中にいた。

 

息をするのも寝るのも食べるのも、戦いの只中にあった。なんのために戦っているのか、何のための戦いなのかもわからぬまま、いや、そんな疑問すら持たぬままに撃ち、撃たれ、そして突然の終戦を迎えた。

 

(……だがそこで終わらなかった)

 

ウド、クメン、サンサ、クエント、さらに……。

 

思い出のどこをとっても、このような安らぎも静寂も無かった。

 

(こんなことは初めてだ……)

 

キリコは、陽の落ちない極北の夏の、黒い水と黒い大地と黒い雲の溶け合う、遥かな地平を見つめ続けた。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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