『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第12話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第12話
「……お呼びですかな」
議場の一角から黒衣がヌオーッとせりあがった。
「汎ギルガメス商工会議所参議オーセット・ゴンガン氏の要請により、本事案の核心に当たる“神の子”と“触れ得ざる者”について博士の知りえるところをご教示いただきたい。これらについては博士の御専門と心得ますが」
「参議の御要請に応えるにやぶさかではありませんが、事の本質を真に理解するにはいささかなりともこの場においてアストラギウス銀河の歴史に踏み込む必要がありますぞ」
議長は大きく頷き、
「理解いたします」
「よろしい。では……」
ロッチナ博士はおもむろに語り始めた。その語るところによればアストラギウス銀河の歴史は数万年に及ぶが、神の誕生はおよそ三千年前……。誕生という言葉とは裏腹に、その存在は表舞台から消えて行くことで始まった。
「よろしいかな、神はかつて人間だった。だがその存在は、その能力ゆえに人間から疎外されるようになった。神を創ったのは人間なのだ」
博士の話は続く、
「当初それらは“異能”の人々として認識された。姿かたち身体能力、見た目には通常人類と大した差異は認められなかった。だが目立たないながら明らかにその能力は違った。まさに“異能”と呼ぶにふさわしかった。どこがどう違うか、その証明は難しかった。難しかったが明らかに普通とは違っていたのだ。人々はその存在を恐れた。恐れたが故に迫害した」
博士の説明によれば、その異能の人々は迫害を怖れたがゆえに表舞台から身を隠し、隠したがゆえに裏から社会に影響を与え始めた。
「この銀河の法も律も科学も彼らの能力に負うところが大なのだ」
博士の説明に質問が相次いだ。いわく、
「それだけの能力があれば表舞台でも勝者になれたのではないか?」
あるいは、
「なぜ神と名乗ったのか?」
さらに、
「戦争をも司るとはどういうことなのか?」
ロッチナ博士は余裕たっぷりに論を進める。
「幸か不幸か、能力ゆえか、彼らの繁殖能力は低かった。この世の支配と言うのは畢竟数がモノを言う。数は言い換えれば具体と言うことでもある。実は法も律も科学も具体だ。具体の先にあるものが抽象だ。それが宗教だ。宗教には神が必要だ。神は信者より少なくていい。極論すれば一人でもいいのだ」
「その一人の神が――ワイズマンなのか」
「ポイントはそこだ。……異能の人々は歴史を経るごとに減少し、その現象を怖れ、そしてゆえに現象に備えた。それがワイズマンなのだ。ワイズマンは高度なテクノロジーに支えられたシステムなのだ。異能の人の最後の一人がこの世から去ってより、ワイズマンと言うシステムが、神となりアストラギウス銀河の全てを司ることとなった」
またもや質問が相次いだ。
「神の正体は判った。では神の望みは何なのだ? 何を望んでいる?」
「神はこの世の全てを司ると言ったが、戦争もか? あの百年戦争もか?」
「神がシステムだとして、ではなぜ後継者を望む? 子を望む?」
「じらすな! “触れ得ざる者”とは何なんだ? それがキリコなのか?」
ロッチナは黒衣を翻し両腕を拡げて質問の嵐を抑えた。
「……問題が出そろったようだから、全てにお答えしよう」
しんと静まり返った議場にひときわ高く質問が飛んだ。
「ロッチナ博士! 貴公に聞きたい。そもそなたは何者なのだ。神についてそこまで知りえるそなたの正体が知りたい!」
「……ごもっとも、でありますな」
質問者にぎろりと鋭い視線を据えたロッチナが大きく頷いた。
「…私は、ワイズマンの目であり耳であったのだ」
議場に驚愕のざわめきが広がった。
「ワイズマンが世界を統べるためには私のような存在が必要であり、そのような存在は無数におったと推察されます。それらは自分が何者で何のために何をやっているかは知りえなかったでありましょう。だがその中に会って私は特別でありました。その理由は、私がキリコ、……キリコ・キュービーと出会ったことにあります」
ロッチナは論を整理するかのように一度言葉を切った。
「キリコ・キュービーは遺伝確率二百五十億分の一、神が探していた異能者であったのです。彼を最初に発見したのはかの悪名高いレッドショルダーの創始者ヨラン・ペールゼン大佐でありましたが、彼はキリコに執着するあまりその身を滅ぼしました。神は永く永く後継者を望んでおりました。あの百年戦争の末期…」
「神は戦争をも司ると言ったが、あの百年戦争も神が起こしたのか? だとしたら何のために?」
「今は、私と神とキリコのことを語ろうとしていたところなのですが、ふむ、いいでしょう、関連あることですから……神は誕生以来、政治も経済も宗教も、この世の全てを操ってきました。なかでも戦争こそが銀河統治の最大要素であったのです。戦争を操ることで人類の革新も繁栄も、あえて言えば停滞も衰退も思いのままなのです。だが、あの百年戦争です。原因も発端も解らず百年も続きました。三千年の歴史の中での百年などほんの指先ほどのことと思われもしましょうが、ワイズマンにとってコントロールのままならない初めての戦争であったのです。システムとしてのワイズマンが初めて自己の限界を認めた百年でもあったのです。三千年の支配を、さらに四千年の支配に、さらにさらに……そのための後継者探しが始まったのです。いや、自己の種としての衰退に気がついて以来探し続けていたのかもしれません。そこのところは私も定かではありませんな……だが百年戦争の末期、遺伝確率二百五十億分の一のキリコ・キュービーと言う発見があった。キリコは後継者として神としてのシステムが隠れ存在した惑星クエントへ、ワイズマンのもとへ招かれた。私は神の目であり耳であったが、その時点で口を得て手も足も、つまりワイズマンの使徒となっていたのだ」
寂として声が無い。
「……惑星クエントの深奥極殿において、ワイズマンとキリコは対面した。……そして、恐ろしいことが起こった……」
ロッチナ博士の言葉が一旦止まり、見る間に顔面に朱が注がれ、溢れんばかりに紅潮した。
「奴は、キリコは、神を殺したのだっ‼」
どよめきが走った。
「……もしも私が、もしも私が……」
ロッチナ博士はその瞬間を思い出したのか、身をよじって喘ぎ喘ぎ言葉を絞り出した。
「キ……キリコは、神の後継指名を断り、あろうことか神を殺した……」
「しかし、神は生きているじゃないか! それに神の子と言われるチャイルドを、その神殺しのキリコが育てている。どういうことだ⁉」
「今話す……」
ロッチナ博士は懸命に自己の興奮を鎮め息を整えようと努力した。
「……キリコはその後PSの女と冬眠カプセルに入り、三十年宇宙を漂った」
「PSとはパーフェクトソルジャー、つまり、戦闘に特化して作り出された兵士のことだな」
「フィアナと言う。フィアナはその誕生の瞬間キリコと出会った。と言うよりキリコによって誕生させられた……PSの寿命はその特化した性能と引き換えに二年と短い。キリコとフィアナは冬眠することによりその命を永遠にしようとしたのだろう。だが、神の後継と引き換えに女を選ぶなど……私には解からぬ」
「女の事はいい。キリコについて話してくれ」
「神殺しのキリコは恐れられ、銀河最大の教団マーティアルによって“触れ得ざる者”と規定された。そして三十年、マーティアルの次期法王の椅子を狙うモンテウェルズ枢機卿の野望によって覚醒させられた。モンテウェルズは自分の娘を人間兵器ネクスタントに仕立て上げキリコと対決させた。勝てば、その功をてこに法王の座をせしめることが出来るからだ。だがマーティアルの本山アレギュウムはその教義の根幹『武は全ての源』を体現する強大な法軍をキリコ一人によって席巻された。この事件のことを[赤い霍乱]と呼ぶことはご同席の皆々様も御承知でありましょう」
「神は、神はどうした?」
「神はキリコに殺されたと思われていたが、システムの大部分をクエントの姉弟星[ヌルゲラント]へ転移させ、以来密かに後継探しを継続していたのだ。そしてついに“チャイルド”を見出した。だが生まれたばかりのチャイルドはキリコの手の中にあった」
「それがなぜ⁉ 今キリコの手にある?」
「神はしたたかだ。神は自らの手でサイコロを振らない。歴史を詳細に緻密に注意深く考察すれば判るが、神は全てにおいて自ら手を下したことはない。誘い示唆するだけだ。神の赤子とは言え生まれたばかりの乳幼児は無力だ。マーティアルの法王モンテウェズの『養育は我に‼』の言葉を退けて、神は言った。私はこの耳で神の言葉を聞いたのだ」
「なんと? 神は何と言ったのだ?」
「神は『異能の神の養育は異能の者に』と……」
「それで?」
「さらに神は『私はこの子にアストラギウス銀河の未来を託す。それまではキリコ、お前が銀河の秩序となるが良い』と言ったのだ」
「キリコは、キリコはそれを受けたのか?」
「キリコはこう答えた『三十年たっても俺もお前も変わっていないな…いいだろう…望み通り、この赤ん坊は俺が育てよう、だが……ここではない!』と言って、神の子の揺籃場ともいえるその設備を破壊し始めたのだ。それがキリコの返事であり覚悟だった」
「神は? 神はどうしたのだ? まさか手をこまねいていたのでは⁉」
「一応施設破壊を制止したが、本音かどうかは分からない。何度も言うが神はしたたかだ。その証拠に神の子とキリコは宇宙空間に射出され、緑の泡にくるまれて漂流中を軍の哨戒艇に回収された。……その後のことは先ほどのドクターの報告に詳しい」
ロッチナは黒衣に包まれた身体をひっそりと席に降ろした。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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