『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第11話

更新日:2021年4月13日 17:46

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第11話

 

ギルガメスの主星惑星メルキアのアテムド。

 

古都アテムドは千年を数えるメルキアの中心である。その地位はあの百年戦争の間も秦として揺らがなかった。アストラギウス銀河に分散する諸文化、諸国家、諸機能のいずれもがここを起源に発していた。

 

そのアテムドの中心もまた中心、歴史と権威を象徴するオルダーズ・ゴンのこれまた中心にあるホテル・ゴルヴァーズのコンベンションルームでその秘密会議は開かれていた。

 

「さて……今回急を持ちまして、バーンのお歴々にお集まりいただいたのは、我がギルガメス連合にとりまして……いやアストラギウス銀河そのものの命運にかかわる……重大事案についてでございます」

 

そう重々しく口を開いたのは秘密会議を主催する議長のホブレット・スマ・ビラテキスト三世であった。

 

ビラテキスト三世は齢すでに百十数歳を超え、公式の場は全て引退した身分ながら、宇宙文明発展史の泰斗でアストラギウス銀河に分散する諸国家、中でもギルガメス国家群の権力顧問を歴任した過去を持つ。ゆえに今にして陰に陽にその影響力を銀河に保持している怪物である。

 

ビラテキスト三世がバーンと呼んだ秘密会議の出席者がこれまた凄い。

 

現役の国家元首閣僚、ギルガメス主要軍事国家の軍事棟梁総裁、汎銀河経済団体代表主席、宗教教団教祖宗祖、政治結社統領総統、諸学会権威、等々、いずれもその行動言論において銀河に影響力を持つ面々である。

 

「今からおよそ、四か月前、メルキア宇宙軍ラルー方面哨戒艇がクッバク宙域を漂流中の若い男と乳幼児を収容しました。二人は緑のジェル状の液体に守られ過酷な宇宙空間を彷徨っていましたが、収容と同時に二人の生存を守ってきた緑色のジェル状の物体は消滅し、その成分は未だに我々の分析を拒んでいます。つまりは未知のテクノロジーであります」

 

これまでのビラテキスト三世の説明に会場にはざわめき一つ起こらない。つまりはこの件に関しての情報はすでに出席者全員の共有するところのものだということが知れた。だが念を押すように三世の話は続く。

 

「その後、未知のテクノロジーとは神の意思だということを我々は確認しました。つまり神はあの二人を護ったのであります」

 

三世の断定にも異論は出なかった。つまりはここの面々はアストラギウス銀河の秩序の根源を、神の存在を肯定していると言っていい。更に三世の話は続く、

 

「調査によれば、男はキリコ・キュービーといい、乳幼児の養育を神に託されたと言うことでありました。我々は乳幼児を『チャイルド』と仮にお呼びし、このメルキアへの輸送を測りましたが、途中バララントの急襲を受け、キリコとチャイルドは艦を脱出、行方不明となっておりました」
ここで三世はいったん言葉を切り息を整えた。

 

「……行方不明になっておりましたが……この度有力情報がもたらされました」

 

ここで初めて会場に静かなどよめきが広がった。

 

「…………ここからの詳しい次第はドクター・ルフティエンコから説明していただきましょう」

 

三世の言葉を待ちかねたように、会場へ足早に三十半ばとおぼしき男が登場した。

 

「ドクター・ゴドルン・ルフティエンコです。私は収容した乳幼児だったチャイルドを、ちなみにチャイルドと言うコードネームは私がつけました。収容から一か月と少し、私はその乳幼児を付きっ切りで養育いたしました。キリコはその間寝たきりで正気を失っておりました」

 

ドクター・ルフティエンコは自己紹介からここまでを一気にしゃべった。ついで、

 

「驚くべきことにチャイルドは、収容時五千グラムほどだった体重が一か月ほど経過した時点で十二キロ程に成長し、身長は一メートル十センチにもなっていました。言語能力も通常児童の八歳程に…なっていたと思われます」

 

「議長」

 

会議場の一角で手が上がった。

 

「発言、もしくは質問を許します」

 

三世が許可をすると質問者はおもむろに立ち上がり自己の名乗りをした。

 

「前マーディアル長老会議メンバー、ヒチェンス・シーモック枢機卿です。……ドクター一つお伺いしたい」

 

「何なりと」

 

「ドクターの説明によると、当時チャイルドの言語能力は通常児の八歳くらいだと」

 

「教育は私が担当しておりました、日常も含めてですが、つまり私が養育しておりましたのでこのことについては間違いようがありません。確かに、八歳程の能力を有すと認識しておりました」

 

「では、そのチャイルドは、キリコを、どう認識しておったのですかな?」

 

「難しい質問ですな」

 

「難しい? どう難しいのですかな」

 

「チャイルドはキリコに向かって質問しました。正確にはこうお尋ねになった。『キリコ、お前は私にとってなんだ?』と」

 

「キリコの答えは?」

 

ドクターは持参したブリーフケースから書類を取り出した。

 

「微妙なやり取りでありましたので、正確を期します。当時の記録です」

 

ドクターは読み上げた。

 

「……俺は、お前を育てると約束しただけだ」

 

「育てるとはどういうことだ?」

 

「飯を食わせ、いろいろなことを教え、大きくすることだ」

 

「食事に不自由はない」

 

ドクターはやり取りをなおも続けた。

 

「色々のことも知った。大きくもなっている。キリコ、お前の言う事とどう違う」

 

「さあな、だがたぶん違う」

 

「どう違う」

 

「説明は難しいが、違うと思う」

 

「思う? 不確かだな、きちんと説明しろ」

 

「…………」

 

ドクターはキリコがここで沈黙したことを告げた。

 

「ドクター、キリコの沈黙はどういう意味だと考えるかね」

 

枢機卿の質問に、ドクターはかすかに言いよどんだ。

 

「それは……」

 

「ドクター、思うところを言ってみたまえ。意味の無い忖度は君の為にならない」

 

ドクターは慎重に答えた。

 

「私の考えるところでは……キリコの育てるという意味合いは、チャイルドが“神の子”として育つのとは違う意味での成長を願ってのことと思われますが、その違うというところになりますと、実のところ私にも解りかねます」

 

「ふむ。……ありがとうドクター」

 

「説明を続けさせていただきます。ここに数枚の写真があります」

 

会場の一角にスクリーンが現れた。

 

「これは我が宇宙軍の辺境偵察隊が惑星ラドー北辺部で撮った航空写真であります」

 

スクリーンに俯瞰の人物写真が映し出された。人物が二人写されていた。移動に合わせ角度が変わるが空を見上げている老人と少年が写っていた。ドクターが言った。

 

「この少年が、チャイルドだと思われます」

 

再び会議場にどよめきが起こった。

 

「議長!」

 

一角で手が上がった。

 

「発言、もしくは質問を許可します」

 

議長の許しに立ち上がった男は軍人で現役の匂いをぷんぷんさせていた。

 

「メルキア戦略宇宙軍統合参謀本部参謀パーミナル・バッファソン准将であります。ドクター、君がチャイルドと離れたのは確か、あのバララントによる襲撃の折だから二か月足らずであるな。ここは間違いないな」

 

「正確に言えば五十四日と二十時間前であります」

 

「ふん」

 

バッファソン准将は軽く笑って、

 

「物事に正確なのは大いによろしい。そこでだ。この写真を見るところ、この少年はどう見ても十五、いや十六、七に見える。たった、五十…うーん二か月足らずでここまで成長したと言うのであるか」

 

「まさにそこのところが、私がここに呼ばれている理由でありましょう。私が乳幼児であったチャイルドと出会い、別れるまでのデータがここに在ります」

 

スクリーンの映像が写真から図表に変わった。そこには一か月あまりのチャイルドの成長曲線が示されていた。

 

「そしてこれが、その後五十四日の予想成長曲線であります」

 

図表はまさに写真に写されていた少年の成長と重なるものであった。

 

会議場にさざ波のようなざわめきが広まった。

 

――突然ざわめきを断ち切るように声が響いた。

 

「キリコは? キリコは何処にいる‼」

 

その男は会議場の一角に仁王立っていた。

 

「その少年がチャイルドなら、キリコが傍にいなければならん。キリコは何処だ?」

 

七十代でもあろうか、その男は黒々とした法衣のような貫頭衣を身にまとい、宗教者とも学者ともとれる風体ながら独特の傲慢とも驕慢ともとれるオーラを醸し出していた。

 

「ロッチナ博士。発言は議長の許可を取ってからにしてもらいたい」

 

ビラテキスト三世の戒めに、

 

「然り。……ジャン・ポール・ロッチナ博士であります。キリコにも神の御子にもいささか縁のあるものにございます」

 

尊大に答えた。

 

「ふむ。発言と質問を許可します」

 

「では、改めまして」

 

ロッチナ博士はその傲慢な視線をドクター・ルフティエンコに向けた。

 

「ドクター。キリコをいささか知るものとしては、もしその少年がチャイルドであれば、その傍らには必ずキリコが居るはずだ。キリコが神の子から離れるはずがない。ましてや頭上に軍の哨戒機が迫っている」

 

ドクター・ルフティエンコはロッチナ博士に気圧されながらも、説明を尽くした。

 

「おっしゃるとおりであります。写真をご覧ください」

 

スクリーンには少年と老人が写っていたが、その傍らの布のようなものにズームが掛かった。

 

「これは分析によると皮布でありますが、周りに散らばる木材から推理するに、たぶんこの皮布を張って小舟に仕立てていたものと思われます。この皮布は人ひとり隠れるに充分であります。このふくらみをよくご覧ください」

 

ドクターの言う通りその皮布のふくらみは、その下に人が潜んでいるように見える。

 

「キリコはこの下に身を潜めたものと思われます。老人と少年だけでありますれば、チャイルドと特定するにはいささか条件が希薄であります。しかし傍らにキリコが居れば、証明はそれで充分でありましょう」

 

「…なるほど。キリコならやりそうなことだ」

 

「脱出時の諸条件からあの惑星への着陸の可能性、チャイルドの成長曲線からの現時点でのあり様、そしてこの皮布の下に潜む人物のとっさの行動、以上を考えあわせれば、結論には無理の無いところではないかと」

 

「むぅ……」

 

ロッチナ博士は一声呻いてその身を椅子に沈めた。それを見て議長が、

 

「ドクター・ルフティエンコの情報と推論、結論に、質問と御意見はありませんかな」

 

と発言を促した。議場には声もなく動きも無かった。

 

「……では、惑星ラドーで撮影された少年は――チャイルドと結論をいたします」

 

反対意見の無いのを見極め、

 

「ドクター・ルフティエンコご苦労でした」

 

ドクターの退席を待ってビラテキスト三世は議事を進めた。

 

「本題はここからであります。チャイルドの存在が確認された今、我が会議はどう対処すべきか?」

 

いったん言葉を切ったのちさらに続けた。

 

「問題は“触れ得ざる者”キリコの存在です。彼はチャイルドと一緒にいて、その意思を明確にしていることです」

 

「議長!」

 

と手が上がった。

 

「発言を許します」

 

全身から精力と欲望を漲らせた大きく肥満した初老の男が立ち上がった。

 

「汎ギルガメス商工会議所参議オーセット・ゴンガンです。私は軍人でもなく宗教者でもない。神の子についても、触れ得ざる者についても、正確な知識が乏しい。ここで改めてご説明願えないでしょうか」

 

聞いてビラテキスト三世が大きく頷いた。

 

「ごもっともなご意見ですな。それでは……」

 

議長は一瞬考えるそぶりの後、

 

「ジャン・ポール・ロッチナ博士、ロッチナ博士!」

 

と呼ばわった。

 

「……お呼びですかな」

 

議場の一角から黒衣がヌオーッとせりあがった。

 

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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