『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第15話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第15話
ルーはかつては数学者であったボブゥーの提示した数学の未解決問題に興味を示した。
「やりたい!」
とルーが目を輝かした。自ら問題を解決、証明をしてみたいと言い出したのだ。
「やりたければやればいいさ」
キリコはそう言い、ごろりと体を床に横たえた。
「ボブゥー、どれからやろう」
「よーし、そうだな…」
二人の声を聞きながらキリコは考えていた、
(これからどうする。いずれは……)
見つかる。たぶん手を伸ばしてくるのは軍だろう。今のところ軍が一番情報を持っているはずだ。
(軍にだけは渡したくない)
キリコは横目でルーを見た。ルーはボブゥーと一緒になり数式に熱中していた。
(数で遊んでいるうちは大丈夫だ)
キリコはボブゥー以外がルーに関心を持たないことを願った。
数日はキリコの願い通りに事は進んだ。
ルーは陽のあるうちはキリコとジジリュウムの採掘に体を使った。そして陽が落ちるとボブゥーと共に数字と格闘をする。身体と頭のバランスの良い疲れがルーをおとなしく目立たない少年にしていた。
ところが河原からの帰り、
「あれは何だ?」
小屋の連なりのはずれにある赤錆びた鉄の塊を指さした。
「あれは、あれはたぶん…」
キリコが近くによって調べると、それは一種のポンプのようなものであった。
ズルージオの計量が終わったところで聞いてみると、
「ああ、ドレッジのことか。ありゃあ砂金掘りの頃に使っていた浚渫用のポンプだ。俺たちが来た頃からあのままだ」
「使えないのか」
「あんなもの使うよりお前らの方が使い勝手がいい」
ズルージオがにやりと笑った。
「あれはどうやって使う?」
小屋に帰るとルーが聞いた。
「あいつはな……」
キリコがドレッジの仕組みとその効用の概略を話した。
「ふーん」
ルーはちょっと考える素振りをすると、いつもボブゥーと取り組んでいるノートの空白部分にちょこちょこと数式を書き込み、そして言った。
「こうなる」
「何が?」
キリコが数式を覗き見たが、何のことかすぐには理解できなかった。
「どれ」
ボブゥーがノートを見て、
「……驚いたな。こいつは一種の原価計算表だ」
と言った。
「原価計算…?」
キリコがルーの顔を見た。
「何の?」
ルーに代わってボブゥーが答える。
「500ジンリュウムの採掘に掛かる原価だ。およそここの一日分だ」
「500ジンリュウム……およそ一千万ギルダンか。それが、どうだと言うんだ?」
「つまりだな……」
ボブゥーの解説によれば、あの錆び付いたドレッジを再生する費用とドレッジを稼働させるためのエンジンと燃料、そしてドレッジポンプから浚渫された砂利の中からジジリュウムを選別する労力、等々を計算すると500ジンリュウム掘り出すのに2百万ギルダンしか掛からないことになる、と言うことらしかった。
「五分の一……⁉」
「そうだ。単純計算で、ドレッジを使えば俺たちの労力は五分の一に、報酬は五倍になる」
「もう一度見せてみろ」
キリコは改めてノートを見た。ボブゥーの解説の後では一つ一つの数字の意味がよく分かった。ドレッジが誰の所有物かはおくとして、その値段、修理に掛かる予想費用、動力に必要なズルージオの自動車のレンタル費用、その他諸々ほぼ遺漏なく計算されていた。
「ふぅーん」
何より大きいのは河の中に入る労力が軽減されることだった。だが、
(困ったな……)
キリコは本能的にそう思った。
キリコの計算では、ここのジジリュウム堀の季節はもうすぐ終わる。それまで目立たなく此処にいられればいい。収入は問題ではない。どうせズルージオに搾取され手元には残るか残らないかであろう。いすれにしても冬が来る前にヒニュヌスの街へ入れればいい。だが、ここでドレッジを持ち出すと波紋が起こる。
少しでも目立つことは避けたいのが本音だった。
「不満のようだな」
ボブゥーがキリコの顔色を読み取った。
「こういうことを考えてはいけないか」
ルーも心配そうに問い質した。その表情にキリコへの信頼が溢れていた。そして言葉を加えた。
「みんなが楽になると思った」
(そこが困るところなんだ)
と口には出さぬがキリコは思った。ルーには欲も得もない。数字を操っていたら出た結論だ。だがこの世には数字だけで測れぬものがある。
「ズルージオも反対しないと思うがな。生産性も上がるし、奴はもっと儲かる」
ボブゥーがルーの口添えに回った。
「……そうだな」
キリコが頷いた。
どんなこともやってみれば結果が出る。
(ルーには必要なことかもしれない)
事に当たってキリコは慎重のうえにも慎重を期した。
まずあの赤錆びたドレッジの再生に必要な部品、工具を、事前に徹底的に調べたのちズルージオに調達を頼んだ。ズルージオは、
「ものにならなくても責任は持たんぜ」
と言って定期的に戻るヒニュヌスの街でそれらを手に入れることを請け負ってくれた。もちろんそれらの費用はキリコ持ちだし、もしうまくいけば自分たちの利益も上がると踏んでのことだった。
キリコは他のガリンペイロ達を刺激しないことにも気を使った。
「ふん、つまらねえことを考えやがって、俺っちを巻き込まなけりゃ好きにするさ」
好都合なことに自分以外に関心を持たない連中ばかりだった。
「ドレッジの修理は一気にやる」
ルーにもボブゥーにも言い聞かせた。
ズルージオが仕入れてきてくれたドレッジ再生の材料は、よくよく点検し粗漏の無いよう準備した。工具も必要なものはキッチリ揃えた。
「ズルージオにも他の連中にも余計なことを考えさせるヒマを与えない」
ドレッジの修理は一日で仕上げた。
すべてを整え、前触れもなく翌日いきなり稼働させた。
「やりやぁ―がった!」
動力源の自動車はズルージオのものだったから、ズルージオだけはその一瞬に立ち会うことが出来た。
「こいつあ……」
唸りを上げるドレッジを見ながらズルージオのこ狡い脳味噌が猛烈に回転し始めた。キリコから提示された条件を再点検しなくちゃあならないと腹に決めた。だがそれもこれもキリコは計算しつくしていた。
「なんだ? なんだ! なんだ⁉」
ドレッジの操行音に集まってきたガリンペイロに向かってキリコが声を張り上げた。
「みんな聞いてくれ! 冬はそこまで来ている! 提案がある!」
ガリンペイロへのアピールについてはボブゥーとルーと三人で考えに考えたものだった。
「こいつは昔砂金掘りの連中が使っていたものだ!」
集まってきた連中の目の前でドレッジのパイプがのたうち浚渫された土砂があふれ出ている。
「後は頼む」
キリコは傍らのボブゥーを促した。ボブゥーが頷いてガリンペイロ達に声を張り上げた。
「みんな聞いてくれ! 俺が数字に強いことはみんな知ってるだろう!」
「クソ学者、数字には強えがギャンブルにはメチャ弱えのも知ってるぜ!」
誰かのチャチにどっと笑いが起こる。
「さすがにカモのことはよく知ってるな。だがこれはギャンブルの話じゃあない。マジな話だ。このドレッジで河底をさらい、さらったものを選別するだけで効率は五倍に上がる。第一クソ寒い水の中に入らなくて済む。その五倍になった取り分からたったの十分の一ばかり、たったの十分の一で、この機械に使った修理代と燃料費が賄える」
ボブゥーはズルージオを指さした。
「計画を相談するとお優しいズルージオがみんなの為に快く車を貸してくれた。あのブンブン唸ってるポンプはズルージオの車が回してるんだ!」
ボブゥーがパチパチと拍手をし、
「ズルージオがこんなにいい奴だとは思わなかった。まあ自分の取り分も格段にアップするんだからあったりまえではあるんだがな!」
キリコとルーがボブゥーの拍手に加わった。
「よっしゃーー、お題は見てのお帰りだ。今日のところは試運転、このやり方に乗るも乗らぬもみんなの気持ち次第だよー!」
ボブゥーの呼びかけが終わるか終わらないかのうちに、
「うおーーーっ‼」
ガリンペイロ達が自分の濾し器をもってドレッジのパイプに群がった。
むろん、ボブゥーの提案に懐疑的な連中も居たにはいたが、その連中にしてもその一日だけでドレッジを使った作業効率は認めざるを得なかった。
小屋の床に寝転がってキリコは一人苦笑した。
(俺としたことが……)
あの河原でのガリンペイロ達へ仕掛けを思い出しながら、キリコはゴウトやバニラやココナを思った。
(……あの頃、みんな必死で生きていたんだなあ……)
キリコは自分の変化を自覚していた。横目でルーとボブゥーを見る。二人は昼間のことはすっかり忘れたように数式に取り組んでいた。
(二、三日はいい……だが)
今日のところはうまくいった。ルーの思いは成就した。ここにいる連中の実入りは上がった。その上前を撥ねるズルージオの懐も格段に潤うはずだ。それがそのままなら全てうまくいくはずなのだが、キリコの本能はそうはいかないと悟っていた。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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