『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第17話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第17話
ズルージオが兵士たちと突然出現したATとを見比べながら、状況を理解しようと焦った。
「何が、いったいどうなってるんだ⁉」
ATの持つGAT-22-Cヘビィマシンガンがじわりと水平に構えられた。そしてマイクを通した声が降ってきた。
「精算のやり直しを頼む」
ATの足の後ろからルーが現れた。手の中にはあのノートがあった。
「じょ、冗談だろう! おい、おい、これって⁉」
ズルージオが下士官を見、兵達を見、ルーを見、ATを見上げた。
「ルー。ヒニュヌスまでの軍の警備費用も精算に入れろ。全て真っ当にやれ」
ATからの声にルーが頷いた。
「何言ってんだ! 精算はとっくに……隊長‼」
ズルージオが下士官に助けを求めたが、下士官は首を振り、
「やり直しを急げ!」
と告げた。歩兵の自動小銃とATのヘビィマシンガンとでは話にならない。
ワッとガリンペイロ達から歓声が上がった。
この後の精算は迅速に行われた。言ってみれば一種の砲艦外交のようなものである。力はATを持つルーとガリンペイロの側にあった。それに軍の取り分もズルージオを通すより歩が良かったのもスムーズに事が運ぶ一因だった。
問題はヒニュヌスまでの二日間の移動であった。この間に何があるか分からない。ズルージオの巻き返し、軍の気変わり、だが、
「俺はこの中にいる」
ATのコクピットに籠る決断をしたキリコによって解決した。ATのコクピットに数日籠ることなど“あの部隊”での経験からすれば何の痛痒も感じないことだった。
圧倒的な力をバックにすればガリンペイロ達の人数がものを言った。ズルージオの悪だくみもズオーボの暴力も封じることが出来た。軍とはヒニュヌスに入ったところで平和的に分かれる約束が出来ていた。責任者の下士官もそこのところは充分に理解していた。
二日後ヒニュヌスに入り、街の中心地パーフロンのロータリーで散開と決めていた。
ヂヂリュウムを乗せた業者の白いバンが走り去り、ガリンペイロ達が散り、ズルージオとズオーボが悔しそうに消え、ルーとボブゥーの二人がその反対のブロックに去った。残った軍にキリコが告げた。
「俺はあの通りをツーブロック行ったところを左に曲がりATを降りる。その後は追うのも勝手だが、出来ればほっといてもらいたい」
牽引車から降りるといきなりローラーダッシュをかけた。約束通りツーブロック先を左に曲がった。
「鮮やかなものだな」
見送っていた下士官がぼそりと呟いた。追うつもりはなかった。ATさえ戻れば痛手はこうむっていない、ヂヂリュウム採掘の掠りは例年のズルージオの上納よりむしろ多かった。事を公にしていらぬ問題を起こす必要は何処にもなかった。
キリコはATを捨ててから街中を迷走するかのように脈絡なく走り、歩き、かねて打ち合わせていた旅籠に辿り着いた。そこはまさに旅籠と呼ぶにふさわしいうらぶれたホテルだった。むろん一階はお約束の空気の澱んだ酒場であり、入ってすぐの右端にフロントというより帳場と呼ぶのが似合うカウンターがあった。
(グドーンの言った通りだな)
教わった通りに振る舞い、そして聞いた。
「連れは来ているか?」
「ああ、部屋にいる」
ドラム缶に目鼻が付いたような親父が階上に顎をしゃくりながら部屋番号を告げた。
建物は三階建てだが、部屋は二階の六部屋あるうちの最奥であった。部屋の前に立ち、武骨な板戸を叩いた。
「誰?」
中からルーの声が聞いた。
「ピガイーグル」
答えると板戸が空いた。
二人はすでにあの数式に飽きもせず取り組んでいたが、キリコが来たことにより、
「これからどうする?」
ボブゥーの問い掛けに問題は移って行った。
しばし考えた後でキリコが言った。
「ボブゥー、はっきりさせておこう。俺たちは追われている。追ってくるのは軍だと思うが、軍だけとは限らない。追われている理由は……今は聞かないでくれ、いずれ分かる」
「何となくそうだと思っていたよ」
「だから、俺たちと一緒だとあんたにも類が及ぶ」
「いいさ。今の私はこれと向き合ってるだけで充分満たされている」
ボブゥーはルーとの間に開かれたノートに目を落とした。
「ルーも一緒にいたい」
ルーも同調した。
「分かった三人一緒だ。ここにいればパオルーンぐらいには安全だとグドーンが言ったが、ここはともかく、ヒニュヌスがどんな所か知る必要はある。手分けをしよう」
キリコの提案は街の声に耳を傾けることだった。
「質問はするな。何も聞くな。ただ耳を傾けるだけだ。そうすれば…」
目立つことはない。というのがキリコの考えだった。新しい知らない場所にきて目立つことは危険を呼ぶことだと過去の経験が教えていた。
三人はそれぞれに街に散った。
やがて―――。
三人がそれぞれに情報を持ち帰った。面白いのは、
「ヒニュヌスは全部見た。街中の道がどうなっているか、河がどこにあるか橋がいくつあるか、どこが人が多いか、どこが寂しいか、全部わかった」
ルーは若さにまかせて歩き回り街の地図が描けるまでに空間を把握してきた。
「この町の人口は約十万。ヒニュヌスの財政はひっ迫している。街は二つに割れているな。ここはウザンロックの準州だったが、隣のリーラフックがちょっかいを出してる。なかにはいっそ独立だなんて騒いでいるのがいるがそれは少数派だ。議会は止まって、政治は空白だ。街は荒れてる」
ボブゥーは床屋政談のような情報を仕入れてきた。
「ここの実力組織はウザンロックの辺境守備隊とヒニュヌスの自治警察が力を二分している。その他にゴールドラッシュ時代に出来たマフィアがいるが警察との癒着が強くこいつらは同族と言っていい。ヒニュヌスには二つのバトリング場があるがそれぞれ軍と警察が運営を分かち合って競ってる」
キリコの情報はどうしても炎と硝煙が匂う。
三人の情報を総合すると、ヒニュヌスの街は訳ありの人間が潜むには絶好の場所と思われた。
「キリコ聞きたい」
ルーがまっすぐな目を向けた。
「何だ」
「ル・シャーンで支払いの精算をやった」
「そうだな」
「疑問がある」
「あれは正当だったのか?」
ルーの言葉にボブゥーも興味を持ったようだ。
「……そうだな……」
精算の最終的な決定はキリコが判断した。キリコはそのことを思いだしながら答えた。
「あれは……あれでいいんだ」
「ズルージオも軍も、本当のところはみんなも納得していない。満足していない。なのにみんなが受け入れた。どうしてだ? 正当だったからか?」
「……」
キリコは答えを躊躇した。
「あれは……」
あの時、ズルージオの欲望も軍の要求もガリンペイロ達の望みも、全ての思いも思惑も、ATの装甲とヘビィマシンガンで強引に決着をつけた。
「……あれは、あれでいいんだルー。今に分かる」
ルーの疑問の答えにはなっていないのはキリコにも分かっていた。だが、キリコにはそうとしか言えなかった。
キリコの、今に分かるという答えは今までにも何度か聞いている。
「そうか……」
ルーが質問を納めた。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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