『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第19話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第19話

 

ルーとボブゥーは三日三晩眠りこけた。

目が覚めて、辛うじてこの世に舞い戻ってきたような顔をしたボブゥーが呟いた。

「どうするんだ、これ?」

これとは[クエント三千年の予想]のことだった。

「もう少しだ。仕上げよう」

ルーがノートを取り上げた。

「仕上げたところで……」

ボブゥーの目は虚ろだった。完成したところで発表の手立てがない。ボブゥーはすでに数式に取り組んでいるルーを見て、

(こいつは純粋に数学に取り組んでいる。それに比べて……)

ボブゥーは積み重なり染みついた自分の過去を恨んだ。エネルギーが湧かなかった。数式の完成は見えていたが、補足の論文を仕上げたところで、

(誰が読んでくれるんだ)

捨ててきた世界の壁の厚さを思った。

「バイパスはないのか?」

キリコが声を掛けた。

「ん?」

「バイパスだ」

「バイパスって、なんだ?」

「ゴールへの別の道だ」

「別の道?」

「あんたが昔の世界へ戻るのは無理としても、その学会とやらに、出来上がったものを見てもらい認めてもらう別の手立てはないものなのか」

「別の手立て……⁉」

ボブゥーは考え込んだ。考え込んで、首を振った。

「全くないわけじゃないが、まあ、無理だ」

「どんな手がある?」

「どんな手って……」

ボブゥーは言い淀んだ。

「……無理だ。今の俺には無理だ」

「言ってみろ、どんな手だ?」

「……難しいことじゃない。世間では大体がこっちのほうが本道ということもある」

「……⁉」

「金だよ。金が掛かる」

「金か……」

「そうだ。金が掛かる。出来上がった数式と論文を、数学の権威という権威、つまりは学校や研究機関、有名どころの研究者に送り付ける。どこの馬の骨とも知れない奴から数式と論文がいきなり送り付けられてもおいそれとは読んでもくれなければ、検証もされない。だから、謝礼をつける。要はその金だ」

「読み賃か?」

「半端な額じゃない。アストラギウス中の権威と権威者に一斉に送り付け、有無を言わさず読まないといけないような気にさせる金が必要だ」

「なるほど」

「過去に、例がないわけじゃあないが、大体がスポンサーがついている。まあ共同受益者ってことだがな。それだって認められるとは限らない」

「ふーん」

一瞬キリコは考え込んだが、

「それで、認められたらどうなる?」

「歴史に名が残る」

「歴史にか」

「一瞬で有名人になる」

「ルーもか?」

「もちろんだ。むしろルーに世間の興味は集中するだろう」

「ふーん」

考え込むキリコに向かって、

「そんな訳だ。だから金がなければ数式が完成しても論文が完成しても無駄ってことだ」

ボブゥーは絶望を口にした。

 

 

キリコのバトリング会場通いは続いていた。

気を落としていたボブゥーもルーに引きずられてか論文に立ち向かっていた。

ある日、

「ボブゥー付き合ってくれ」

キリコが声を掛けた。

連れていかれたのはバトリング会場だった。

「私には罪なところだよ」

ボブゥーはかつて溺れた鉄火場の臭いをかがされ溜息を漏らした。

「これから俺が予想することを覚えていてくれ」

キリコは最初の取り組みから全試合の予想をし、ボブゥーに記憶させた。次の日も会場を変えて同じことが繰り返された。

「凄いなキリコ‼」

ボブゥーは結果に感嘆の声を漏らした。キリコの予想の的中率は9割を超えていた。旅籠に戻ったボブゥーは興奮を抑えられず、

「バトリングの賭けで食えるどころじゃない.一財産築けるぞ!」

と目を輝かせた。

「ボブゥー聞いてくれ」

「何を!」

「俺はAT乗りだった。戦いを見れば直感で大方の予想は付く。だがそれは勘に過ぎない。外れることがある」

「たった1割じゃないか!」

「絶対じゃないということだ」

「賭け事に絶対なんかない!」

「そこだ。絶対はなくても、絶対に近づけたい。多分外れる1割の原因は、俺が勘に頼っていることにある。勘に頼るだけでは残りの1割を割ることはできないだろう。だから、俺の勘の根拠を数値化してくれ。ブレが少なくなるはずだ」

「勘の根拠?」

「無意識にやってるチェックポイントの冷静な数値化だ」

「ふーん……」

「あんたならできるだろう?」

キリコの目は真剣だった。

「面白い。私も数学者だ。やってみよう」

正直その時点では、キリコの提案はバトリング会場で塩辛声を張り上げる予想屋の必勝法のちょい上程度のことと考えていたが、それは予想を超えていた。

(ここまでのことを瞬時に⁉)

ボブゥーは唸った。

機体の年式、出力、兵装の種類、装甲の重軽、マッスルシリンダー音の高低、右利き左利き、ローラーダッシュの直進スピード及び回転速度、銃撃戦好みか白兵戦好みかエトセトラエトセトラ……装甲板の傷の多寡その場所までもがチェック項目に入っていた。そして各チェックポイントに与えられる判定数値が開催日や会場ごとに微妙に変動するのである。

「キリコ、今の数値はこの間言っていたのと違うが」

「チェックポイントの重みはその都度違ってくる」

「その根拠は?」

「分からない。だから勘なんだ。その勘を数値化してくれ」

「……」

さらにキリコは言う、

「機体の優劣、乗り手の巧拙が結果に影響するのは当然だが、そのうえでマッチに対する選手の考え方がある。常に勝利を目指すもの、勝率を5割以上6割未満を目指すもの――この手の奴はバトリングを商売、稼業と捉えている。まあそこそこの成績でランクを上げないで細く長くやろうとしてるんだ。他にも……」

キリコの頭の中にはすでにヒニュヌスにいる五十人余りのバトリング選手の傾向が微に入り細にわたり考察されていた。

「これらを数値化し主観を入れなければ的中率はさらに上がるはずだ」

「……⁉」

ボブゥーは驚きで声を失った。

「……キリコ、何でここまで?」

「金が欲しい」

「……」

「これは絶対という予想を立て、二、三試合で元金を膨らませ、軍、警二会場対立の頂上決戦で勝負する。……大金が入る」

「……どうするんだその金を?」

「言ったじゃないか、金が要るって」

「⁉」

「数式と論文をアストラギウス中にばらまけばいい」

「⁉ ⁉ ⁉」

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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