『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第21話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第21話

 

宿へ戻って“必勝法”の検証をした。

「完璧だ!」

過去数か月のバトリングの勝敗記録を探っても外れはなかった。

「欲を張ってムリ筋を狙わなければ百戦百勝だぞ!」

ボブゥーが目を輝かせて興奮を隠さなかった。だが、

「ボブゥー、それは違うよ」

とルーが言った。

「何が、何が違うんだ?」

「バトリングの勝敗は不変定数とは違うじゃない。バトリングにおける未来は絶対的決定未来ではないよ」

「も、もちろんだよ! だからこそギャンブルなんだ! でもその予測が、そのほぼ完璧な必勝法がこれなんだよ!」

「ほぼ、だよね。でもそこに強力な、ここにあらわされていない変数が加味されれば、予測、いや結果は簡単に覆される」

「ルー、私たちは数学の話をしてるんじゃない! バトリングの話だ、ギャンブルの話だよこれは!」

「ボブゥー、言ってることが矛盾している。と、いうより論理的じゃない」

「あのなールー!」

キリコは二人の話をよそにバトリング会場で感じた胸のザワザワの正体を探っていた。

(あれは、何だったのだ…)

考えてもその答えは出ず、数日が過ぎた。

あれからボブゥーはキリコとルーの目を避けてバトリング場通いを続けていた。宿へ帰ってきても何も言わないが、顔色から見て必勝法が功を奏しているらしかった。

(寝た子を起こしたのは俺なんだから)

とキリコはそのことにはあえて触れなかった。ルーは黙々と論文を仕上げていた。

――やがて、

「いよいよだな」

宿に戻ってきたボブゥーが言った。

「ああ」

ヒニュヌスにある軍と警察が仕切る二つのバトリング会場の頂上決戦の日が明日に迫っていた。

「元手は十分にある。ムリ筋は狙わなくていい」

ボブゥーがここ数日で勝ち貯めた金をごそっと差し出した。そして、

「俺たちが開発した必勝法は百パーセント機能する。これがその結果だ」

満面に自信をみなぎらせた。

翌日頂上決戦の日が来た。

「ルーは来ないのか?」

キリコの問いにあっさりと、

「論文の仕上がりが、今日が山だ」

宿にルーを残しキリコとボブゥーは頂上決戦の会場へ向かった。決戦会場は軍仕切りのリアルバトル仕様の会場が選ばれていた。

キリコもボブゥーも前座試合には指一本動かさずファイナルファイトを待った。

「ボブゥー、あんたの稼ぎのお陰で転がさずに済む」

「そいつは皮肉か」

ボブゥーはここ数日の鉄火場通いを少し照れた。

「まあ、言っちゃなんだが資金は十分だ。勝負は一発でいい」

ボブゥーは胸を張った。

頂上決戦は年一度、実弾飛び交うリアルバトル形式で行われていた。会場の空気は硝煙とポリマーリンゲル液の臭いにまみれ、人の生き死にを目の当たりにする興奮に、いやが上にも残忍な興奮に盛り上がっていた。

試合は進み残すところファイナルのみとなった。

「いよいよだな」

刻々と変わるオッズ表を見ながらキリコが言った。

「オッズは予想通り軍のグレイデッガーに流れている。大方はリアルバトル慣れした方に有利とみているんだろう。だが……ところがどっこいだ」

ボブゥーはそのあとの言葉を飲み込み用心深く辺りを見回した。積み重ねたデータと編みだした必勝法によれば答えはオッズとは反対の警察側のスポテイ・ホーネットと出ていた。ボブゥーはキリコの耳に念を押した。

「キリコ、必勝法通りに買うぞ、いいな」

「ああ、スポテイ・ホーネットの決め技はあの大層な鎌槍に見せかけてはいるが、奴は見た目以上にしたたかだ、奴に賭けよう」

「よし。オッズも安定した。じゃあ買うぞ!」

ボブゥーは穴場に直進し、ありったけの現金を突っ込んだ。

「これ全部!?」

穴場の売り子が絶句した。

「全部だとも」

賭け札の束をつかんで穴場を離れようとしたボブゥーの耳元に耳障りな高音のしわがれ声が囁きかけた。

「大層に買い込んだもんだな」

ボブゥーが悪寒と共に振り返ると、こずるそうなキツネ顔が酷薄な薄ら笑いと共にあった。

「ズルージオ!」

飛びのくように離れると、傍にキリコが寄り添うのが分かった。

「お揃いじゃないか」

ズルージオがにやにやと笑った。

「お前……」

キリコはこの数日の胸のザワメキの正体が解ったような気がした。やはり三人で居るところを見られていたのだ。いや、あれからこいつはボブゥーの動きをずっと見張っていたのだと思った。

(何か企んでいる)

キリコが一歩踏み出した途端、ズルージオは三歩も飛びすざった。

「おっとおー! ここで騒ぎは起こさねえほうがいい、あんたらも困るはずだ」

ズルージオは距離を測りながらしゃべり続けた。

「あんたは、とんだ有名人だったんだな。あのルーのガキも思ってもいなかった大物って訳だ。なにしろ軍がシャカリキになって探し回っていたんだからな」

キリコがまた一歩前へ出ると、ズルージオは四歩飛びすざった。

「近寄るなって、あんたはヤバ過ぎる危険人物なんだからよ。へへへ、へへへへ」

じりじり後ずさりながら距離をとった。とそのズルージオの前にひと際大きな人影が立ち塞さがった。

「ズオーボ!」

ボブゥーが声を上げるのを無視して大男はズルージオにごつい親指を立てた。

「よし」

頷いたズルージオは、

「あばよ。幸運を祈るぜ」

捨てぜりふと共に二人は雑踏に消えた。

「奴ら!?」

キリコがズオーボが現れた方に視線を走らせた。そして走った。

「くそっ!」

雑踏を抜け、コロシアム外周の構内通路を急いだ。いくつか制止の声が聞こえたが無視して走り抜けた。そして、たどり着いたその部屋の入り口には数人の緊張した人影があった。ものも言わずすり抜け室内に入った。そこには黒と黄色に塗り分けられたATが降着ポーズで佇んでいて、その折り曲げられた鋼鉄の脚に身を預けてだらりと下がった左手を庇って呻くパイロットスーツの男が見えた。取り巻く男たちが脈絡のない質問を浴びせていた。

「どうしたんだ?」

「やられたのか!」

「大丈夫か?」

「乗れるのか?」

取り巻く男たちの質問にパイロットは呻きながら――、

「う…腕を折られた。いきなりだ」

だらりと下がった腕を診ていた男が叫んだ。

「肩の骨も砕けてる。これじゃあ無理だ!」

「代わりは?」

「今からじゃあ間に合わねえ!」

「クソーっ、奴ら汚ねえマネを!」

キリコが息巻く男たちを掻き分けた。

「俺が乗る」

その場の視線が一斉にキリコに集まった。

「誰だお前?」

「説明している時間はない、ATには慣れている」

キリコがステップに足を掛けると、

「待て…」

「ん?」

キリコの耳にパイロットが何事か囁いた。

頷いたキリコは、

「敵はとってやる」

一言いってキリコは一気に操縦席へと駆け上がった。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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