『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第22話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第22話

 

(ここはいつも同じ臭いだ)

操縦桿を握り、薄い光を放つ機器類に視線を走らせながら、包まれるような狭さに奇妙な安堵感を覚えた。

目の前で鉄扉がきしみながら上がる。

光の中に歩を進めた。

「おい! どういうつもりだ? お前は誰だ?」

ピットからだろう、上ずった声が通信機を通して聞こえてきた。

「このホーネットに大金を賭けているんだ。不戦敗は困る」

「代わりをやろうってのか? これはリアルバトルだぞ!」

「分かっている」

「サイレンが鳴れば、もう止められないぞ!」

「奴はもう待ちかねている」

相手はすでにコロシアムに入ってその不吉な黒衣、いや漆黒の機体を眩いライトに晒していた。

「グレイデッガーはこのヒニュヌスじゃあ負け知らずだ」

「このホーネットもだろう」

「そ、それは!」

ピットの声が開始のサイレンに消された。

相寄る二機はコロシアム中央で相対した。サイレンに代わって歓声が闘技場を満たした。やがてその歓声がこれから始まる残酷なショーへの期待に静まりかえると、

「俺がお前の墓堀人だ」

通信機を通して野太い声が響いた。すると観客席から歓声が沸いた。対戦者間の音声は会場に流れるようになっているらしい。これなら否が応でも盛り上がるという仕掛けだ。

「墓堀人夫だって蜂に刺されることもある」

ホーネットのフアンであろうかキリコの声にも歓声が上がる。

「刺せるものなら刺してみろ!」

グレイデッガーの右手に持つ銃身を詰めたヘビーマシンガンが火を噴いた。キリコのホーネット機のグランディングホイールが軽く吠えなんなく銃撃を交わした。ウワーンと会場が揺れた。戦闘開始だ。ホーネットはスピード重視で機体を軽くしてあった。

「ふん」

距離を詰めたホーネットの鎌槍が横なぎにグレイデッガーを襲うが、相手もこのコロシアムの頂点に君臨する機体だ。

「かすりもしないぜ!」

鎌槍をかいくぐったグレイデッガーの左手からパイルバンカーが繰り出された。ホーネットの左腰に軽い衝撃が伝わる。

「刺すのが得意なのは蜂だけじゃあないぞ」

声を背中にS字に機体を走らせた。縫うように機銃弾が後を追う。

(かなりやる)

キリコの全身にアドレナリンが行き渡った。と、コロシアム全体に微振動が広がり始めた。

「これからが本番だ!」

自信たっぷりのグレイデッガーの声を後押しするようにコロシアムの床面から分厚い鉄の障壁がいくつもせり上がってきた。リアルバトルを行う会場によくある仕掛けだった。つまりは市街戦をイメージしてある。キリコは機体を近くの障壁に隠し衝撃を受けた左腰のアーマーを点検した。アーマーには深々とパイルバンカーが突き刺さっていた。

(奴のパイルバンカーは使い捨てなんだ。ということは)

グレイデッガーの全身がイメージされた。

(左右の足に4本ユニット、最初の一本はここにある。ということはあと8本。ヘビーマシンガンはダイヤルマガジン付きで240発、腰に対AT地雷一発……というところか)

意外なくらいの軽装備と言えた。

(それだけ自信があるということか)

キリコも自身の兵装を改めて確認した。鎌槍の先端はパイルバンカーになっているが固定スライド式で炸薬3発装填、腰にガトリングを追装しているが装弾は60発、これだけだった。

「来る!」

グランディングホイールの走行が起こす振動が伝わってきた。障壁に身を寄せながら、

(右か? 左か?)

全神経を総動員した。

(ダメだ分からない!)

林立する障壁が干渉しあい音も振動も役に立たなかった。

「こっちだ!」

咄嗟の判断でキリコは3時の方向に身を躍らせた。間一髪9時の方向から機銃弾が襲い掛かったが、一瞬早くホーネット機は障壁の裏側に回り込んでいた。キリコが頼ったのは9時の方向で起こった観客の悲鳴だった。

「さすがだなホーネット。だが2度目はないぜ」

グレイデッガーの声が終わるか終わらないうちに機銃音が響きコロシアム全体に悲鳴と怒号が渦巻いた。何ということかグレイデッガーが観客席の四方に機銃弾を放ったのだ。

「ウハハハハハハハ、これがリアルバトルの醍醐味ってものさ!」

キリコは耳をもぎ取られたも同然だった。

(ここは奴の庭だ。長引いては不利だ!)

キリコは腹を決めた。

(迎え撃つ!)

障壁を飛び出したホーネットがグレイデッガーの姿を求めて走り回った。

「ハハハハハ、焦るな焦るな、慌てる乞食は貰いが少ないっていうぜ」

余裕のグレイデッガーは楽しむように障壁のあちこちからちらちらと姿を見せ、豊富な装弾に物を言わせて銃撃してくる。そのわずかなチャンスに合わせてホーネットも腰のガトリングを回した。だが、

「おいおいいいのか、貴重な飛び道具をそんなに使っちまって」

敵にアドバイスまでしてくる。

(あと、一連射か)

キリコが残弾を確認したのを見透かしたように彼方の障壁からグレイデッガーが悠然とその姿を現した。

「チャンスをやろう。正面切っての撃ち合いだ。運が良けりゃあそのガトリングが俺をハチの巣にする。反対なら俺がそのあざとい段だらに全弾ぶち込んでやる」

聞きようによっては正々堂々の一発勝負に聞こえるが、

(何を考えてるか分かったものじゃない)

考えるいとまもあればこそグレイデッガーがローラーダッシュを仕掛けてきた。反射的にホーネットのグランディングホイールも火花を散らして吠えたてる。観客の興奮と歓声がコロシアムの空間を究極まで膨満させ、一瞬にしてキリコも墓堀人も見守る観客もスローモーションの世界に引き込まれた。意識によって引き延ばされ膠着した時間の中を互いの機銃弾が標的を求めて空間を突き進んでいく。粘りつくような時間の流れの中でキリコも墓堀人も互いの鋼鉄の皮膚を熱弾が擦過するのを感じていた。二機が交錯し、そして反転し、再び向かい合ったとき圧縮された時間がリアルの流れに戻った。実際には秒を満たすか満たさないかのわずかな時間―――

魔法から解かれた観客が口々に現状を確認した。

「ホーネットが弾を打ち尽くしたぞ!」

「いや、グレイデッガーのヘビーマシンガンがないぞ!?」

「ホーネットの槍が叩き落したんだ!」

「あれは何だ!? ホーネットの脇腹に何か刺さってるぞ!」

「パイルバンカーだ! グレイデッガーのパイルバンカーだ!」

キリコも墓堀人も今の一瞬の撃ち合いの中で次を睨んでやるべきことを互いにやってのけていたのだ。

「やるなホーネット。これで飛び道具はお互いに無しだ」

「致命傷ではないが脇腹が痛い」

「ハハハ、惜しかったあと二センチ右だったらその足の神経をぶち切ってやれたのに」

「いくぞ!」

ここは相手のホームだ。長引けば不利と鎌槍を腰だめに突進を掛けた。迎えるグレイデッガーがこころもち身を沈め構える。

会場がどっと沸く、白兵戦はバトルの花だ。

グレイデッガーとの距離を見切ったホーネットの足元で火花と噴煙が上がる。充分な長さを保った鎌槍のパイルバンカーがグレイデッガーのボディーを襲う、命中すれば穂先が向こう側に突き抜けるだろう。だがグレイデッガーは片足のターンピックを使い90度身を開いてアームパンチを繰り出した。ホーネットがその攻撃を長柄ではじき間髪を入れずそのまま足元にパイルバンカーをぶち込んだ。

「ウアッチ!」

グレイデッガーの身体が30センチほど浮いた。

「くっ」

勢い余ったバンカーが床に食い込んだ。一瞬ホーネットの動きが止まったその隙にグレイデッガーが障壁の林に身を没した。

そこはまさに巨大なラビリンスだった。

迷宮の主はグレイデッガーだ。

(奴はどこだ?)

敵の姿を求める耳にくぐもった炸裂音が届いた。振り返ると彼方にグレイデッガーの姿があった。その右手がおいでおいでをする。

「逃げるな。カタを付けよう」

キリコは鎌槍を構え突進した。と、ローラーダッシュの右足が何かに掬われた。

「おっ!?」

バランスを崩すが障壁に救われかろうじて体勢を持ち直す。足元を確認すると床にパイルバンカーが撃ち込まれていた。

「ここだここだ、俺はここだ」

声の方を見るとグレイデッガーがおいでおいでをしている。

「遊びのつもりか?」

「お前はかなり楽しめる奴だ。ここまで来い」

ホーネットがダッシュを掛ける。

「むっ!?」

すんでのところでまたパイルバンカーに足をとられるところだった。前方を見るとグレイデッガーの姿はすでになかった。

「何を企んでる?」

通信機に呼び掛けた。

「さあな、せいぜい足元に気を付けてくるんだな。俺はもう動かねえ、今度出会ったところが勝負だ」

「そうか、そう願いたい。俺はこんなことはあまり好きじゃアないんだ」

「ハハハハハハ」

笑い声が終わると静寂が来た。

決着が近いことを悟った客たちも沈黙を保った。

コロシアムにホーネットの足音だけが響く。

「ん!?」

行く手にまたパイルバンカーが撃ち込まれていた。キリコはその方向を避け迂回路を選んだ。やがて行く手に、

「また!」

バンカーが撃ち込まれていた。

明らかにそれは迷宮の奥へと導く道しるべだった。

「ふん、その手に乗ってやる」

再びバンカーがあった。

「こっちか」

そのバンカーを避けて脇へ回ると再びバンカーがあった。それを避け、

「こっちか」

と回り込んだ彼方の行きどまりにグレイデッガーがいた。

「お前も酔狂なやつだな、言うとおりに自分の墓場までやってくるとは」

あざけるように言う。

もうグレイデッガーとの間にバンカーはなかった。残された一本は腕に装着されていた。それはこの一本さえあればいいという自信の表れでもあった。

「こい」

グレイデッガーのおいでおいでが呼んでいる。

「ふん」

ホーネットのグランディングホイールが吠えた。

待ち受けるグレイデッガー、

ダッシュするホーネット、

両者激突と思われた寸前、ホーネットの足元で爆発が起こった。対AT地雷が仕掛けられていたのだ。勢いのまま空を飛びグレイデッガーの後方に落ちたホーネット。その機体に馬乗りになったグレイデッガーのパイルバンカーがピタリとコクピットに擬された。

「勝負あったな」

グレイデッガーのパイルバンカーが炸裂した。

――動きを止めた二体の鉄の塊、ホーネットのコクピットにはグレイデッガーのパイルバンカーが深々と突き刺さっていた。だが、グレイデッガーのコクピット側頭部にはホーネットの掌底がピタリと添えられていたのだった。

やがて、その掌がコクピットから離されると血をしたたらせた鋼鉄の針が姿を現した。

「悪いな、これがホーネットの隠し針だ」

そう言うとキリコはグレイデッガーを押しのけるようにして立ち上がり、コクピットを開いた。コクピットにはグレイデッガーのパイルバンカーが深々と突き刺さっていた。ATのコクピットは狭いとはいえ多少のゆとりがある。最後の最後にグレイデッガーがどこを狙うか予測したキリコの勝ちだった。

「対AT地雷をどこで使うのか考えていた。あそこしかあるまい」

キリコは鎌槍の最後の一発を高跳びの棒の支点に使い地雷の直撃を避けたのだった。

障壁が下がって行き、敗者と勝者が衆目に晒された。

「ホーネット! ホーネット!」

コロシアムを揺るがす観客の歓声を聞きながら、

(バトルは終わった。……なのに?)

キリコは消えぬ胸のザワメキを持て余していた。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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