『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第23話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第23話
ここ数日来キリコの胸をザワつかせていたものが正体を現した。
「ん!?」
コクピットの中で立ち上がり空を仰いだ。
「やはり……」
曇り空をバックにぐんぐんと降下してきたそれはTH―32―AT、通称エイテイ・フライ、無論その腹には重武装したATが懸架されている。
「戦略宇宙軍…降下兵団」
精鋭中の精鋭だった。ATの懸架が解かれコロシアムに鉄騎兵が降り立った。総勢8機、ホーネットに機銃の銃口を擬しぐるりと取り囲んだ。丸腰手負いのバトリング用ATを制圧するには十分すぎる戦力だ。
通信機を通して鍛えられた落ち着いた声が話しかけた。
「キリコ・キュービー曹長聞こえるか?」
「ああ、聞こえている」
「曹長」
「軍を離れて長い、曹長はやめてくれ」
「ふむ。ではキリコと呼ばせてもらう。……キリコ、観客席正面を見てくれ」
キリコがそれらしき場所に目を向けると、
「ルー!」
そこにはルーが立っていた。その傍らに将校が付き添っている。
「キリコ、チャイルドが見えたな」
「見えた」
「その隣が私だ。自分は戦略宇宙軍のダドット・クロムゼンダー少佐だ。宇宙軍本部からチャイルドとお前の保護と移送を命令された。願わくば無事任務を遂行したい。素直にこちらの指示に従ってもらえないだろうか」
考える余地はなかった。
「判った。いう通りにしよう」
ルーとキリコは惑星ラドーの軍統合本部に拘留された。
二人の収容場所は分かたれ、互いの連絡は取れなかった。
数日が過ぎ、キリコの前にダドット・クロムゼンダー少佐が現れた。
「キリコ、協力に感謝する。何か要望があったら言ってくれ、出来ることなら努力する」
「……そうだな」
キリコは少佐を信用することにした。
「このヒニュヌスで一緒に暮らしていた男がいる。ボブゥーというのだが……」
「あの金持ちのボブゥール・シャラザイン教授のことか」
「ん…」
「安心しろ教授も、教授の大金も無事だ。今はチャイルドと一緒に何やら小難しい数式をいじくっている」
「そうか…」
キリコの胸の中のつかえの一つが消えた。ズルージオとズオーボのことも頭をよぎったが、そんなことはもうどうでもよかった。
「他には?」
「特にない」
ルーにもボブゥーにも会いたかったが、会わせられるのなら会わせているだろう。
(これからどうなる?)
とも思ったが、これも聞いても無駄なような気がした。
そしてまた数日が過ぎた。
ある日当番兵が夜会用の衣服一式を持って現れた。
「着替えておけ。今日夕方客人が到着する。少佐殿が食事を招待してくださる」
「着替えは不要だ。食事も遠慮する」
「そういうだろうとおっしゃっていたが、チャイルドも教授も同席すると伝えろとのことだ」
キリコは着替えはしなかったが、食事は応諾した。
やがて、
「出ろ。少佐殿がお待ちだ」
付いていくと基地の将校クラブのダイニングルームに案内された。少佐はすでに着席していた。
「よく来てくれた。ほどなくチャイルドも教授も来るだろう」
「客人というのは誰だ?」
「ドクター・ゴドルン・ルフティエンコだ。メルキアから今日着いた」
「……」
キリコは自分の役目が終わりつつあるのを感じた。
「皆が来るまでに少し時間がある。キリコ教えてくれ。チャイルドとは何者なのだ。神の子という噂もあるがどういう意味なのだ?」
「聞かされていないのか」
「俺に与えられた任務は、チャイルドとお前を無事にメルキアまで移送しろということだけだ」
「ふん……」
「俺は任務を全うする。それが軍人だ。だが、こんな辺境からメルキアまで自分が何を運んでいるのかぐらい知っておきたいんだ」
「そうだな」
キリコは少佐にはある程度のことは話しておいても良いという気になった。
「俺は神だとか軍だとかは信じちゃいないが、この世には成り行きというか、そうしなきゃいけないようなことがある。俺は成り行きでルーを育てると約束してしまった」
「誰に、神にか?」
「いや……たぶん自分にだ」
「育てるというのは?」
「食って、寝て、一緒にいることだ」
「……」
「今までそうしてきたが、あの子は少し変わっている」
「教授によれば数学の天才だとか」
「それもあるが、たぶんそれだけじゃあない」
「噂通り神の子なのか!」
「……あの子が何になりたいかは、これから自分で決めるだろう」
二人の会話はルーとボブゥーの入室で終わった。
「キリコ」
「ルー。ボブゥー」
名を呼び合うだけで三人は互いの無事を確認した。
間を置かずドクター・ルフティエンコが入室してきた。ドクターはチャイルドを一目見て、信じられぬという表情で目を見張った。
「……本当に、チャイルドですか?」
「ドクター、久しぶりだ」
ルーの表情に笑みを認めて、
「ご成長されて! う、うれしく思います」
声からも身体からも緊張がほどけた。
「辺境の田舎料理ですが、今宵はどうぞおくつろぎを」
少佐の簡単なあいさつで会食は始まった。
宴は黙々と進んだ。互いに微妙な話題は避けたいとの思惑が言葉を少なくしたが、
「ヒニュヌスはオーロラで名高いですが、ベストシーズンは?」
ドクターが当り障りないところに口火を切った。
「もう出ていますよ。もっともオーロラというのはいつでも出ているのですが、ここの夏は太陽が沈まない。暗くならないと顔を見せない、恥ずかしがり屋の乙女といったところですかな」
「では」
「運が良ければ今晩も出ます。ドクターの部屋の窓からでも見ることが出来ます」
「それは楽しみだ!」
「オーロラが頻繁に出るようになると、ここらは一気に冬に向かいます。ここヒニュヌスの冬は長く辛いです。我々は近々メルキアへ向かいます。お陰様で私はここの冬を過ごさなくていい。ありがたいことだ」
「少佐…」
ボブゥーが食事の手を止めて聞いた。
「我々というのは、私もそこに入っているのかね」
「はい」
少佐の答えは簡潔だったが、
「教授、あなたもキリコも、チャイルドの成長を検証するには必要な人材なんですよ」
ドクターの答えは暗示に富んだものだった。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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