『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第24話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第24話
数日の後、ルーの移送が開始された。
ヒニュヌスの軍港を出たギルガメスの戦略宇宙軍の巡洋艦は一路メルキアを目指した。
航海の間、ルーもキリコもボブゥーも艦内の自由を保障された。つまり互いの行き来にも束縛は掛からなかった。
来る日も来る日も漆黒の闇と、遠く近く瞬く星の海を船は進んだ。
そんなある日、示し合わせた訳ではないが三人がラウンジに顔を合わせた。
「ルー、例の論文は?」
キリコの問いに、
「一週間前に仕上がった」
こともなげに言うルーの答えをボブゥーが、
「完璧だよ。どこを突っついても矛盾も瑕疵もない」
と太鼓判を押した。
「じゃあ、あのバトリングの金が生きるな」
キリコがそう言うと、
「そのことなんだが…」
ボブゥーが何か言いかけたが、言葉尻が不自然に途切れた。と、
「……あれはギャンブルではなかったね」
ぽつりとルーが言った。
「うん?」
言っている意味が解らずキリコがルーに不審の目を向ける。
「ギャンブルというのは、どんなにその結果予測に確率が高い方法論で立ち向かおうが、最後の最後のところでは決定的未来は存在しない。だからギャンブルなんだよね」
「……」
ボブゥーがルーの言葉を補足する。
「あの後、ルーと二人で計算しなおしてみたんだよ。だって、ズオーボの介入で大変化が起こったんだからね。ハハ、計算は『クエント三千年の予想』ほど難しいものじゃあなかったけど、丁寧に計算し直してみたら…その…」
再びボブゥーが途中で言い淀んだ。
「何度も何度も計算し直したんだよ。ボブゥーはこっちの方向から、ルーはあっちの方向からって、でも結果はいずれも同じ、ホーネットの絶対勝利という答えが出てしまう。ギャンブルなのに絶対が存在してしまうんだ」
ボブゥーがさらに付け加えた。
「決勝前の計算でも、確かにホーネットが勝つ確率は高かった。でもそれは決定未来ではなかった。あくまで確率の問題だった。だが前にも言ったけどズオーボによってホーネットのパイロットが傷つけられたことによって条件が変わった。計算上の変数が変わったということだ。で、計算してみると…98・99999999パーセントが100になってしまう! 何度計算しなおしてもだ! つまり後から加えた変数と思っていたものが変数ではなく、定数だったんだ!」
ラウンジから言葉が途絶えた。
窓の外は変わらずの闇だった。やがて……、
「結果論だな」
キリコが立ち上がった。
「とにもかくにも、あの金を使ってアストラギウス銀河中にその完璧な仕上がりという論文をばらまくんだな」
言ってラウンジを後にした。
「バトリングの話のようだが、もう一つ話が見えない。ドクター、彼らは何を話していたんだね?」
モニターを見ながら少佐がドクターに聞いた。
「二人が…チャイルドと教授がキリコの異能性に気づいたのでしょう」
「キリコの異能性!?」
「少佐はお聞きではありませんでしたか」
「?……」
そこは艦内にある秘密のモニタールームである。艦内におけるあらゆる映像と音声がそこではチエックが可能だ。この機能があったればこそキリコ、ルー、ボブゥーの自由が保障されているのだ。
「ふむ……このことはある意味重要機密ではあるのですが、公然の秘密ということでもありますので知って頂いても差し支えないでしょう」
ドクターはキリコについて自分の知るところの事を少佐に語った。
「驚いたな。伝聞として認識していたことが、自分の目の前に存在するとはな」
「私もどこまでが真実かは解りません。しかし、奇跡に近いことが存在するということはここ数日のチャイルドの観察でもお判りでしょう」
「まさにな」
「そういえば、チャイルドは二時間でATの全てを理解したとか」
「ヒニュヌスで見たバトリングに刺激を受けたとかで、ATのことを教えろと格納庫に押し掛けたらしい。二時間足らずで構造と機能の全てをだ。報告によると艦載されているATならベテラン整備士並みに扱えるレベルになったという。今度は操縦も教えろとせがんでいるらしい」
「チャイルドがATの操縦を!」
「本部から三人の要求にはなるべく答えろ、そして観察しろ、と指令を受けている」
「知能は一般的に言う天才を超えています。これはもう確認済みだ。ATの操縦かあ! これは面白い! やらせてみたらどうでしょう。反対する理由もないでしょう」
「……うむ」
ドクターと少佐の間でそんな会話が交わされて間もなく、ルーが艦内のAT部隊を訪れた。
「隊長。この坊やがATに乗せろって言ってんですが」
「何ぃ?」
隊長の前に立ったルーが言った。
「許可はとってある。ATに乗せてくれ」
「乗せてくれと言っても艦内で実機を動かすのは無理だぜ。うーん、そうだな、トレーニング用のシミュレーターに乗ってみるか? それなりにきついぞ」
艦内には長い航海に備えてATパイロットのための技能と体力維持のためのシミュレーターが設えられてあった。
「頼む」
一通りの説明を受けたルーがコクピットに腰を下ろした。
「ベルトは締めたな」
「締めた」
ヘッドセットの声に応えると起動音がして全ての機能がオンになった。
「前に歩いてみろ」
オペレーターの声に従って動作を起こした。体全身にATの動きが伝わる。妙に底の厚い靴を履いたような感触だったがすぐに慣れた。
「右に90度曲がってみろ」
難なく曲がれた。
「じゃあ左だ」
これも難なくクリアー。
「止まれ!」
これは曲がるより難しかったがそつなくこなせた。
「よし。そのまま振り向かず三歩下がれ!」
次々と飛ぶ指示をルーは体中で受け止めた。
「トロット!」
「ギャロップ!」
「飛べ!」
「屈め!」
「ローラーダッシュ! 直進!」
「旋回三時の方向!」
「タ―ンピック左信地回転!」
シミュレーターの操作卓に向かって矢継ぎ早にオペレーターが指示を飛ばす、5,6分も過ぎたろうか、
「そこまで!」
操作卓の背後から隊長が止めた。
「はっ」
マイクに向かって隊長が言った。
「少し休め、いったん出てこい」
コクピットを開けてルーが出てくると、隊長が質した。
「キサマ、初めてではあるまい」
「初めてだ」
隊長がルーの顔をしげしげと見つめて、
「バーチャルとはいえ、シミュレーターの動きはほぼ実機と同じに再現されている。あれだけやれば現役だって汗の一つもかくぞ」
疑わしげな視線も意に介さず、
「ATの動きは身体に入った。次は戦ってみたい」
ルーはさらりと言った。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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