『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第25話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第25話
「聞いたか?」
「聞きました。チャイルドがATのシミュレーターでバーチャル戦を戦ったと」
少佐とドクターが驚きの顔を見合わせた。
「信じられない結果だ!」
モニターに現れたバーチャル戦の戦績を見て少佐が唸った。
「集団戦でも個人戦でも擦過傷一つ受けていない。ド素人の初心者が、少佐、こんなことってあり得るんですか?」
ドクターの問いに少佐の首が声もなく何度も振られた。
シミュレーターでのルーのAT戦は三人の間でも話題となった。
「ルー、ATシミュレーターでバーチャル戦をやったんだって? 連戦連勝負け無しって話だが、本当かい?」
「嘘じゃない」
「嘘だなんて思っちゃいないが、それにしても凄いな。白兵戦ではベテランも問題にしなかったって言うじゃないか。これって凄いことだよなキリコ?」
ボブゥーがキリコに同意を求めた。それには答えず、
「ルー、何でATなんかに乗ったんだ?」
キリコが聞いた。
「キリコが乗るものにルーも乗ってみたかった」
「もう乗るな」
間髪を入れずキリコが言った。
「…うん」
一瞬の間の後チャイルドが頷いた。その答えの前にも後にもいつもの『何で? どうして?』がなかった。
「えぇー、もう乗らないの? ルーとキリコの対戦も見たかったなあ」
能天気なボブゥーの言葉に、
「……」
「……」
二人からの答えはなかった。
メルキアへの航海は続き、ルーの日常は逐一ギルガメスの統合本部へと報告されていた。
ギルガメス統合本部議長、ギルガメス統合本部参謀総長、アストラギウス銀河戦略機構軍総司令官、アストラギウス銀河軍事企画部長、アストラギウス銀河統合会議参与等々――ギルガメス軍の中枢幹部が雁首を揃えて眉間に皴を寄せ腕組みし、沈思黙考し、それぞれの想いに沈んでいた。……やがて、
「さて、どう考えますかなこの結果を」
最長老のアストラギウス銀河統合会議参与が重い口を開いた。
「IQ,IS,IT,IJ,IV、いずれの検査数値も通常でいうところの天才の領域をはるかに超えている」
「ことに数学だ。クエント三千年の問いに答えを出したという。同行の元教授との共同研究というが実質はほとんどチャイルドの発想、着想、検証というではないか」
「なんにでも貪欲に興味を示すそうだ。宇宙船の操艦技術を傍で観察し、わずかな質問で全てを三日でクリアーしたそうだぞ」
「つまらんことだが、ATを扱わせてもエース級だという」
「ふん……」
再びその場を沈黙が支配した。……やがて、再び、
「問題は、チャイルドが本当に神の子かどうか……」
アストラギウス銀河統合会議参与が自らに質すがごとく呟いた。
「まことにもってその通り」
ギルガメス統合本部議長が我が意も同じと頷きながらさらに続けた。
「しかし、我々は神そのものをきちんと認識していない。アストラギウスの神、ワイズマンを数千年にわたり奉ずるマーティアルからしてあの体たらく」
「しかし、銀河の歴史を検証すればするほどその存在は疑うべくもない。この銀河に神がおわしますのは間違いのないところだ!」
アストラギウス銀河軍事企画部長が声高く断言した。
「ワイズマンの僕を自任するロッチナ博士によれば…」
アストラギウス銀河戦略機構軍総司令官がこめかみを指先でもみながら言った。
「神は先の大戦、百年戦争に自らの衰えを感じ、後継の必要を認識した。博士によればワイズマンは、あの“キリコ・キュービー”を指名したのだという。だがキリコはそれを拒否し、神殺しを断行した! ……各々方ならどうか? 仮にの話……もし自分に神の後継指名が下った場合、それを蹴ることが出来るか?」
総司令官の言葉を受けて参謀本部総長が呻いた。
「不可解だ! 男と生まれて世界の支配に食指が動かんとは、考えられない!」
深いため息が同時に起こった。さらに総長が、
「それにもまして解らんのがその神が、背かれた神自身がチャイルドの養育をキリコに託したことだ!」
「キリコとは何者だ?」
「神のお心が解らん!」
「チャイルドは果たして本当に神の子なのか?」
「神の子として、我々はどうしたらよいのだ?」
「チャイルド自身は自分をどう考えているのだ?」
「キリコのことはどうする? いや、キリコ自身が何を考えているんだ?」
疑問が疑問を生み、問題はとりとめもなく肥大化し、収集がつかなかった。さらに、
「これだけの問題を軍だけで抱えていていいものだろうか?」
最長老のアストラギウス銀河統合会議参与の発言が混迷を深めた。
「軍だけでとおっしゃるが、あの無能な政治家どもにこんな……」
おいしい話を打ち明ける必要があるかという言葉を飲み込んだギルガメス軍統合本部議長が、
「事を拡散しても混乱を招くだけでしょう。移送艦のメルキア到着まではまだ時間があります。もう少し様子を観ましょう。その間にどのような進展があるやもしれません。とにもかくにも神の子の到着を待ちましょう」
神の子を手のうちに入れれば銀河の支配も夢ではないとの計算を胸の内に、軍人一同は問題を先送りにした。
そのころ事態は軍人たちの甘やかな思いとは別の展開を見せつつあった。
「艦長! トロックフーヴ宙域統合本部から情報です。バララントの艦隊に動きが、このままだと我が艦の進路と交錯すると!」
「何!? 何のために? いや我が艦の動きがなぜ察知されたのだ?」
チャイルドの移送艦内に衝撃が走った。
「敵艦隊の規模は?」
「詳細は分かりませんが、遊弋艦隊規模だとのことです!」
「戦艦を含むかどうかわからないが、いずれにしても…」
巡洋艦一隻で敵する相手ではなかった。
「会議を開く。ミッション・ルームに参謀スタッフを集めろ!」
艦長から幹部乗員に招集が掛かった。と、その場に、
「自分はチャイルド移送の全責任を負っている。陪席する権利がある」
少佐が現れた。
「少佐…」
艦長は一瞬考えるそぶりを見せたが、命令を思い出したか、
「もちろんです。どうぞ」
と臨席を許可した。
「ありがたい」
許可を得た少佐がミッション・ルームのドアーをくぐる瞬間、その後ろからチャイルドがするりと入室した。
「チャイルド!?」
一同の驚きをよそに、
「邪魔はしない」
さらりと言って片隅の椅子にさりげなく腰を下ろした。
少佐とチャイルドの臨席のもと作戦会議は進んだ。
――やがて、
「この航路を進むことに決定する」
艦長が結論を下した。それは当然のこと敵艦隊との接触を避け、前大戦の遺物の宇宙機雷帯を迂回、つまらぬ軋轢を呼ばないための不可侵宙域にも侵入しないコース取だった。
「何かご意見は?」
艦長が儀礼的に少佐の意見を求めた。
「いえ何も。自分はただチャイルドと、自分の置かれた状況を把握しておきたいだけですから。ご配慮感謝します」
少佐とチャイルドがラウンジに戻ると、ドクターをはじめボブゥーもキリコも持ち帰った情報を待っていた。
「会議は、何だったんですか?」
ドクターが聞く、少佐が答える。
「このまま進むとバララントの艦隊との接触が予想される。よって進路の変更が議論された。まあ妥当な判断だ」
ラウンジのモニターにチャイルドが宇宙図を映し出した。
「現状我が艦はここ、バララント遊弋艦隊はこう進み、このままいけばここで接触、だから我が艦はこう進路を変更し、機雷帯を避け不可触宙域を迂回、こう行ってこうメルキアを目指す……」
チャイルドの示す宇宙図に目を注ぎながらキリコが胸の内に呟いた。
(導かれている! 俺たちは導かれているんだ!)
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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