『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第28話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第28話
ルーやキリコたちを乗せた揚陸艇の降下を知ったのはタサの遊牧民だけではなかった。
「ついに神が御くだり遊ばしたぞ!」
「これで救われる!」
「神の統治が始まるんだ!」
「メッタリアだ! メッタリアのお出ましだ!」
噂はたちまちに北半球の山岳高地を震源に拡散した。噂は巷だけでなく権力を持つ者の間にも広がっていった。
「メッタリアが降臨したと⁉」
「巷ではそのように、ついにメッタリアがこの世を変えに出現したと」
「ふん……メッタリアがな……」
メッタリアというのは“超絶者”と言うほどの意味でここ惑星グラッセウスでは誰知らぬ者もいない特別な響きを持つ言葉であった。
揚陸艇が着陸し三日目となった午後、偵察に出ていた二人が息せき切って戻って来た。
「現地人十名ほどがこちらに向かって来ます!」
「何?」
艇内に緊張が走ったが、
「武装は見られません。敵意はないものと思われます」
「うーん……」
艦長は一拍考えたが、
「こっちからも迎えに出よう。最初の接触だ、要らぬ摩擦は避けたい」
暗黙の了解の中で一行の指揮は艦長が取るようになっていた。
「艇内に三人残れ」
何にしてもこの揚陸艇が一行の命綱であった。
「ここで待とう」
艦長は揚陸艇が物陰に隠れ見えなくなるほどの距離を取って来訪者を待った。
―――やがて、やって来たのは長老テグサンに率いられた遊牧の民だった。テグサンは一行を認めると大地に跪き平伏した。他の者も皆テグサンに倣った。
「ふむ。害意はないようだな」
艦長を先頭に一行はゆっくり近づいて10メートルほどを開けて歩みを止めた。互いに無言のまま分と言うほどの時が経った。と、テグサンが諸手と共に半身を上げて、
「メッタリア!」
と叫んで、又大地に額を擦り付けた。同行の者もそれに倣った。
「メッタリアとはなんだ?」
艦長は翻訳機を持つ部下に質した。
「は……超絶者とでも言った意味合いであります」
「超絶者? 我らの事か……それともチャイルドの事か?」
テグサンの一族は一般アストラーダ語を話さなかった。だが翻訳機のお陰で一族の望むところの事は概ね判明した。
「我らを招きたいと言っているが、どうしたものかな?」
艦長が事を決しかねて一同を振り返った。
「……」
すぐには言葉の出ない中で、
「お招きを受けましょうよ。彼らの好意は疑いもないし、みんな艦内食にも飽きたところじゃないですか」
ボブゥーがあっさりと言い放った。
導かれて訪れた一族のメインテントは頃合いの広さであった。上座に着いた7人の前に一族の主だった者達が居流れ、両者の間には心尽くしの飲み物と食べ物が溢れんばかりに供えられてあった。
「いいなあ!」
ボブゥーがテント内を見回して嘆声を上げた。
「ガラスも鉄もプラスチックもない!」
確かにその空間を形作っているものは木であり布であり獣皮の類で無機的なものはほとんど見当たらず、包み込む柔らかさ温かさが一行のくつろぎを誘っていた。
「メッタリア。アットウラ デルシャンス」
テグサンの言葉を合図に盃に酒が注がれ、皆に行き渡ったところで、
「ムルシャンス ムルシャンス ムルシャンス」
テグサンが己が額の前に盃を奉じた。一座の者もテグサンに倣い盃を奉じ微動だにしない。――それを見てキリコが、
「我々が飲まないうちは彼らも飲めないみたいだな」
自分の前の盃を掲げて言った。
「ムルシャス」
一気に杯を空けた。艦長も少佐もボブゥーも、ルーもそれに倣った。
「ムルシャス」
テント内に喜びのどよめきが流れた。一座の者が一斉に、
「ムルシャス‼」
と杯を干した。
これが彼らのやり方なのだろう、全員が盃を上げたのが合図であるかのようにその後は堰が切れたように飲むわ飲むわ! 食うわ食うわ! いや凄まじいばかりのエネルギーがテント内に漲り、笑いが弾け様々な言葉が飛び交い喜びが膨満した。
「いやあー楽しいな!」
ボブゥーが負けじとばかり飲み食い笑いながら高歌放吟腹を叩いて調子を取った。
「教授はおおらかでいいですな。さてこれからどうなるのか」
艦長が油断なく気を働かせる。
「酒も料理も舌に少し残りますな」
少佐がいささか即物的過ぎる感想を述べた。
「そうですかな。私は結構イケてると思いますが、ま、好みというものでしょうなハハハ」
教授が屈託なく言って、
「ルーはどうだ? 食べてるか?」
とルーを振り返った。ルーは一人翻訳機をいじっていたが、
「もうおなかは一杯さ」
言いながら翻訳機を部下に返した。
「ムルシャス‼」
突然に誰かが叫んだ。すると、
「ムルシャス‼」
誰かが呼応した。さらにあちこちで、
「ムルシャス! ムルシャス! ムルシャス!」
と声が広がり、やがて大合唱となった。
「ムルシャス‼ ムルシャス‼ ムルシャス‼ ムルシャス‼ ムルシャス‼」
と、テグサンが立ち上がって両手を広げて皆を制した。ピタリと声が止み動きも止まった。テント内を静寂が支配した。テグサンは再び己の席に腰を下ろし盃を手にした。すかさず近くの男がその盃に酒を満たした。他の男たちもそれぞれに手に持つ盃に酒を満たした。時を計っていたようにテグサンが厳かに口を開いた。
「コレテック サ ホルニカン ダサンテ ド メッタリア」
「何て言ってる?」
艦長が部下に翻訳を促した。
「は、――我々は永く、熱烈に、超絶者の降臨を待ち望んだ」
「ノノリカム ノノ ムルシャス メッタリア」
「だから、超絶者に盃をささげたい、心から」
「ドドウ ドドウ メッタリア?」
「メッタリアは誰だ、と言ってます。……つまりこの中の誰だ? と」
艦長以下言葉が止まってしまった。この際どう答えるのが最適なのか、咄嗟に判断がつかなかったのだ。互いの顔を見合わせながら、やがて一同の視線がキリコに集まった。彼らの言う超絶者が神の子と言う意味なら、チャイルドか。しかしチャイルドが本当に神の子なのか? チャイルドを一番知るのはキリコだった。何しろワイズマンにチャイルドの養育を託されたのだから、だがチャイルドがこの惑星における超絶者と重なるものなのか? もしそうだとしてそれを認めてしまっていいものなのか? そう答えた後事態はどう動くのか? 時が止まり、沈黙がこれ以上は無理というところまで重さを増した時、
「シー、シー、バスゥ メッタリア シー」
ルーが言いながらゆっくりと立ち上がった。そして胸の前でゆったりと両の手を開いて言った。
「シー、メッタリア」
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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