『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第30話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第30話

 

ワイズマンのテストというキリコの言葉は一同を沈黙させた。

「……テスト、というのはいつ聞いてもイヤな響きを持ってますなあ……」

沈黙を破ったのはまたもボブゥーだった。

「テストというのは試験ですよね、試すっていうか、確認するっていうか、そんなもんですよねえ。ということは……」

ボブゥーがキリコに答えを求めた。

「ルーが後継者にふさわしいかどうか、神の子たり得るかどうかだ」

「どうなんですか? そこんとこは?」

「俺に分かるわけはない。俺はただ……」

口ごもるキリコにクロムゼンダー少佐がいつもの口調を改めて問うた。

「キリコ曹長。お前はワイズマンに養育を託された。そしてそれを受けた。そうだったな、だったら答えに責任を持ってもらおう。貴様の答えに我々全ての運命が掛かっているんだ」

少佐の口調は完全に軍人のそれだった。

「ただ、育てるとは言っただけだ。ただそれだけだ」

「ただそれだけだと、どういう意味だ? お前が言う育てるとはどういう意味だ? 言ってみろキリコ曹長!」

「飯を食わせ、いろいろなことを教え、大きくすることだ」

「それだけか?」

「それだけだ」

「それだけで、生まれたての乳幼児が八か月余りでここまで成長し、三千年来の数学の難問を解き、バーチャルとはいえATを自在に乗りこなし、軍艦を操り、数時間の接触で未知の民族と意思の疎通に不自由なしということに、なるというのか」

「そのようだな」

キリコの答えはそっけなかった。

「……チャイルドが特異であることは認めよう。認めない訳にはいくまい。だが、 ワイズマンはチャイルドにどんなテストをしようというのか?」

「そんなことは俺に分かるわけはない。……だがそのためにこの惑星に導いたのは間違いない。この星はそういう星なんだろう」

 

 

揚陸艇が留まる山岳高原地帯から百数十キロほども離れた平野部と言える土地にその都はあった。

ヴァンバララッサ天授王国。

天から授かった王権による統治国家。その政治形態をとるこの国の権力者は二人。それは、

『ダラムデラム・ゴルキン・ギュプタブトッテン三世』天授国王と、

『ドラーレン・ニプニプ十三世』教皇、

国王は天授された国権の最高執行権力者であり、教皇は国権の天授の正統性を保証する国教の最高位者である。

二人の権力者の傍らには老練の政治家といった趣の七十年配の男が傅いていた。男が言った。

「面を上げい、ジュモーラン大尉」

「はっ」

はるか彼方の床に片膝ついて控えていた男が、垂れたこうべを七分に上げる。

「…らしき者たちを発見したというのだな」

「はっ」

「仔細を申してみよ」

「は、諜報部より連絡を受け、手勢を連れゴノー高原に急行いたしましたところ遊牧民の天幕にて酒食の接待を受けている一行七人に接触、一行の長はギルガメス戦略宇宙軍のドロムゼン・パスダード少佐と名乗りおりました」

「その中に件の少年が居ったというのだな」

「はっ、まさに!」

「ふーん、で、どうした?」

「先方の言うことを受け入れ、我が天授王国は喜んで支援いたします、と答えたのみで戻ってまいりました。むろん見張りはつけてあります」

「それだけか」

「それだけであります」

「上出来だジュモーラン大尉。上出来だ。下がっていいぞ」

男は大尉を下がらせると背後の二人の権力者を振り仰いだ。そして、

「なかなか切れますなあの男」

にやりと笑みを漏らした。この男の名をプルルクル・プルサン。この国の宰相である。

「確かに、余計な詮索を入れなかったのはよいな」

「おっしゃる通りです陛下」

「ギルガメスとも事を起こしたくない」

「まさにです、猊下」

プルサンの態度は言葉使いとは裏腹に狎れともいえる仲間内の親しさが滲み出ていた。つまりはこの男こそこの国の実際を仕切っている真の実力者なのであろう。

「さて、どういたしますかなこの件」

宰相プルサンが国王と教皇の顔色を窺う、

「……」

「……」

国王も教皇も無言である。暫しあってプルサンが結論を出した。

「彼らの要望どおり、燃料と食料の支援を行い、粛々とメルキアへ出発していただきましょう。それが最善策かと」

「……」

国王は無言だったが、

「うんうん。拙僧もそれが良いと思う。余分なことはしないのが上策」

教皇が頷いた。すぐさま宰相プルサンは動いた。

 

 

ゴノー高原に向かって高機動軍用車を飛ばしながらジュモーラン大尉は嘯いた。

「一国には権力も権威も一つでよいか、フフフ」

大尉の切れる頭はヴァンバララッサ王国首脳たちの思惑を正確に読み解いていた。すなわち、

(超絶者などという、自分たちの立場を揺るがす存在は一刻も早く居なくなって欲しいだろう。俺だってそう思う。今ならそんなものは存在しなかったことに出来る。ってな訳だ)

揚陸艇前に着いたジュモーラン大尉はパスダード艦長にヴァンバララッサ王国の意向を伝えた。

「我が天授王国は喜んでお申しつけの諸物資ご支援申し上げます。必要なものすべては我が王立宇宙基地に用意いたしますので、一両日のお越しをお待ち申し上げます」

そして、言葉裏に、このことは非公式にした方がお互いの為だと、航路逸走も隠すべきだと匂わせた。

艦長は、

「ヴァンバララッサ天授王国、並びに貴官の御厚意に感謝します。では明後日の午前一○○○に貴国王立宇宙基地に我が艇を回航いたします」

と、謝辞を述べてジュモーラン大尉を帰した。

(ふん。面倒御免の心うちはこちらも同じさ)

ジュモーラン大尉と同程度に頭の切れる艦長も考えを巡らせた。

(メッタリアなどというものは国体にとって厄介な存在なんだろう。それはギルガメスにとっても同じことだ。もし、チャイルドがワイズマンの後継者だとして、神の子だとして、それをどうするんだ⁉)

「艦長この後どうなる?」

クロムゼンダー少佐の問いに、

「燃料と食料を受け取り、さっさとこの惑星を出る」

艦長の答えに、

「それがいい。俺も辺境の星で旨いものを食い、オーロラを見られるとこの任務を引き受けたが、思った以上に厄介な展開だ。昔から言いますからな、触らぬ神に祟りなし、と」

言い方以上に少佐の言葉には真剣味が籠っていた。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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