『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第31話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第31話
「他に意見のあるものは?」
艦長が一同を見渡した。
「……」
意見も異論もなかった。
「では明後日、必要なものを積み込んだら母船に戻る」
ゴノー高原の着陸点から王立宇宙基地までは空路三〇分と掛からなかった。
待ち受けていたジュモーラン大尉がテキパキと必要物資の搬入作業を指揮し、ほどなく出発準備は整った。
「世話になった。ん……?」
揚陸艇のエンジンのアイドリング音を聞きながら艦長が礼を言うべく大尉の姿を探した。
「ジュモーラン大尉は?」
「隊長は急用が発生し先ほど基地を離れました。見送れない非礼をお許しください、加えて、御無事を祈っております、との伝言であります」
副官が言って敬礼をした。
「そうか。世話になったと伝えてくれ」
艦長は答礼をして揚陸艇に乗り込んだ。
遠ざかる地表を見下ろしてクロムゼンダー少佐が誰にともなく呟いた。
「無事に出発とは祝着だな。しかし、何となく物足りなくはある」
その言葉が終わるか終わらぬうちに突然現れた二機の戦闘機が揚陸艇の前後を挟んだ。
「何事だ⁉」
目をむく艦長を通信士が振り向いた。
「呼びかけています!」
「周波数を合わせろ!」
艦長がマイクを掴んだ。
「こちらはギルガメス戦略宇宙軍、第205機動宇宙軍の揚陸艇だ。私はドロムゼン・パスダード少佐、何故あって進路を妨害する?」
「パスダード少佐、これからの飛行は当方の指示に従ってもらいたい」
「指示だとう⁉ 一体全体…」
「説明の時間はない。素直に指示に従ってもらいたい」
「だから!」
と、その時艦長の背後から声が掛かった。
「指示に従ってください。悪いようにはしません」
声に振り向いた艦長が驚きの声を上げた。
「ジュモーラン大尉⁉」
「ハハハ、どうしてここに私がですか? 搬入物資にまぎれて乗り込ませていただきました」
「何だと! 何故?」
「訳は後程、今は…」
大尉は顎をしゃくって先を行く戦闘機を指し示した。
「彼らの指示に従ってください。旧式とはいえ戦闘機は戦闘機です。指示に従わないと撃墜されます。もっともそうなったら私も運命は一緒ですが」
大尉は不敵な笑みを浮かべていた。
「むうぅ…」
艦長は大尉の態度に逆らい難いものを感じて意を決した。
「指示に従う。先導せよ」
マイクに吐き捨てた。
戦闘機の誘導に従って数分飛んだところで大尉が言った。
「今、国境を越えました。これでヴァンバララッサ天授王国とはおさらばです」
「大尉、わしらはどこへ向かっているんだ?」
艦長の問いに、
「タブタブレイ・ニプニィー聯武国。――がさつで、理不尽で、好戦的な、この惑星グラッセウスきっての嫌われ者であります」
「⁉……」
「国体も不安定で権威と言うものが存在しません」
「……」
「つまり、魅力的だということです」
大尉は能弁だった。
「ヴァンバララッサ天授王国には胡散臭いながら権力も権威も安定したものがあります。したがって、私ら若い者に出番はありません。はっきり言いましょう。自分は国を売りました。ハハハハハハ、あなた方は手土産と言うわけです」
どうやら見えてきた。ジュモーラン大尉はメッタリアを利用してタブタブレイ・ニプニィー聯武国へ売り込みをかけたということなのだろう。
「タブタブレイの全権を今握っているのは、アルルバン・ガラーヤン大佐。昨年のクーデターで実権を握りました。ヴオーラン党というならず者集団の党首にして国家革命指導評議会議長を名乗っております。そのほかにも大タブタブレイ・ニプニィー帝国スジャマンギン主義最高指導者及び革命発議者なぞという長ったらしい名称を使うこともありますが、いずれにしても何の裏付けのある事ではなくいわば自称の肩書であり、彼が喉から手が出るほどに欲しいのが……」
「権力の正統性、権威付けと言うことか」
艦長が大尉の言わんとするところの結論を口にした。
「ご理解の通り、メッタリアは格好の手土産でしょうが、ハハハハハ」
その後、揚陸艇は戦闘機の先導を受けタブタブレイ・ニプニィー聯武国の空軍基地に無事着陸を果たした。ヴァンバララッサ天授王国の追撃はなかった。
基地に着くや一同は迎えの車に乗せられタブタブレイ・ニプニィー聯武国の首都ズジャールへ運ばれた。
ズジャールは石と土壁からなるまさに中世然とした城郭都市で、城門をくぐり通りを走るうちに目につくのは戦闘の跡と思しき破壊の凄まじさであった。
「これはまた!」
眉を顰める艦長の隣席で、
「昨年のクーデターの傷跡がまだ癒えておりませんな。はてさて私らもどんなところに案内されますことやら」
ジュモーラン大尉がうすら笑いを浮かべた。
だが、案に相違し一同が案内されたのは壮麗な宮殿で会った。
到着と同時、間を置かず一同は謁見の間に通された。広間の上座、一段と高い所に玉座があり、そこにその男は座っていた。
先導のジュモーラン大尉が適当な距離を取って一同を控えさせた。そして、
「議長閣下!」
と呼びかけ、
「ご招待の御一同を案内してまいりました」
と敬礼した。
玉座の男はそれまで片腕を胸前で組み右頬を右掌で支え、視線細く一同を観察していたが、突然に立ち上がり両手を広げて大笑した。
「ガッハハハハハハ、よくぞいらした! タブタブレイ・ニプニィー聯武国は御一同を心より歓迎しますぞ!」
言い終わると玉座のある高みから駆け下り、前列に立つ主だった者の手を握り大仰に振り回した。
「いや、よくいらしたよくいらした! 歓迎しますぞ歓迎しますぞ!」
そして先頭に立ち、
「ここは堅苦しい! 古臭く権威ぶって息が詰まる! ささ、こちらへどうぞ!」
一同を謁見の間から連れ出した。
議長自らが案内したのはすでに歓待の用意が整ったダイニングルームであった。
「さあさあ、遠慮なくお席について下され」
言って自らもテーブル中央にどっかと腰を下ろした。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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