『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第32話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第32話
間髪を入れず柱の陰からかカーテンの隙間からか、湧いて出るように給仕係がわらわらとテーブルに群がり各人のグラスに酒を満たした。
「御一同の御来臨を感謝し、赤心の盃を!」
言うやガラーヤン大佐は一気にグラスの酒を喉から胃の腑に向けて流し落とした。そして、
「ささ、御一同も!」
と促した。
促された一同がグラスに口を付けたとたん、ある者は咳き込みある者は噎せ返った。
口に含んだ火のような酒を吹き出しそうになるのをぐっとこらえた艦長が、
「こ、これはまた……強い酒ですな。うふっ」
驚嘆の声を漏らすと、
「ガナハの特別中の特別ですからなハハハ、どうです、なかなかにイケましょうハハハハ」
と呵々大笑した。
宴は主催のスピーチもなく進み、途中ジュモーラン大尉が、
「議長閣下。ご来賓のご紹介を」
と立ち上がったが、大佐は手を振り、
「いやいや、堅苦しいことは抜き抜き。たとえ今伺ってもややこしいことは端から忘れてしまう。かえって失礼だ。いずれいずれ。今宵は飲みかつ食べる。それだけそれだけ」
と取り合わず、自ら目の前の料理をむしゃむしゃ頬張り、ガナハを喉に流し込み続けた。
宴がはねると一同は宮殿内の各部屋に案内され、体よく軟禁された。
バッカス主催の歓迎宴会からまる三日が過ぎた。
その間捕らわれの一同は部屋から出るのを許されず、お互いの連絡も絶たれたままだった。四日目の朝ドアーを開けて衛兵が怒鳴った。
「出ろ! 議長閣下がお呼びだ」
一同は一人づつガラーヤン大佐の前に引き出された。そこは最初に姿を見た玉座ではなく、質実な趣を漂わせた執務室であった。
「パスダード艦長。これから議長閣下の質問に答えてもらいたい。むろん真実を包み隠さず、知ってることの全てをです」
したり顔でそう告げたのは、すでに天授王国の軍服から聯武国の軍服に着替えたジュモーラン大尉であった。
「大尉。その軍服もよく似合うではないか」
艦長の皮肉にも、
「お褒めにあずかって恐縮です」
とジュモーラン大尉は悪びれず笑みを漏らした。と、
「艦長も一杯どうだ?」
大佐が机の上に置かれた二つのグラスにボトルから透明の液体を注いだ。室内に濃くガナハが匂った。
「朝からは…」
顔をしかめる艦長に、
「朝でもこいつはイケるぜよ」
グラスのガナハをぽいと喉に放り込んで見せた。で、本題に入った。
「パスダード艦長、貴官の任務その他はすでにあらかたは聞いている。だが、私が本当に聞きたいのはただ一つだ」
「……」
「メッタリア。そちらでは神の子と言うのかな。彼は本物か?」
艦長は少しの間考えたが、
「……さあ…」
と言葉を濁した。そして、
「私の任務は彼をギルガメスの統合本部まで移送することだけだ。彼が現時点で本物か偽物かは私にとって問題ではない。それを判断するのは統合本部だ」
「む、まことにその通り。では質問を少し変えよう。艦長、貴官自身はどう思う? 彼は神の子なのか? 貴官の存念を聞かせてもらおう?」
艦長はまたも少し考えた後、
「……私には神と言うものが解らない。かつてこのアストラギウス銀河にはワイズマンという神がいたということは聞いたことがあるが、その神がどんなことをし、どんなことを望んでいたかも私には解らない。だからその神が彼を後継に選んだというが、何を後継させるかも解らない。私は一介の軍人で只の巡洋艦の艦長なのだ」
艦長の答えは慎重にして謙虚だった。
「ふむ……」
大佐はもう一つのグラスのガナハを喉の奥に放り込んで言った。
「大尉、次を呼べ」
次いでクロムゼンダー少佐が呼ばれた。
「少佐。一杯いかがかな」
大佐は艦長の時と同じようにグラス二つにガナハを満たした。
「いや、遠慮します。私には強すぎる」
「そうかね」
言って大佐はまたもガナハの一杯を喉の奥に放り込んだ。
「ふん。朝のこいつはたまらん。ふぅー」
大佐は満足そうに吐息を漏らし、クロムゼンダー少佐に向かって艦長と同じ質問を放った。少佐の答えは、
「私はギルガメスの統合本部から惑星ラドーで発見されたチャイルドの受け取りと移送を命じられただけで、チャイルドが本当に神の子かどうかを判定する立場にはないし、その資格もない」
と言うものだった。だが自身の感想を聞かれ、
「神の子かどうかは解らんが、メッタリア、超絶者という言葉には合致するものがある、というのが自分の意見ですな。彼の能力には並の人間には考えられないものがある」
「というと…いや面白い! そこのところを詳しくお聞かせ願いたい」
大佐はもう一つのグラスのガナハを喉奥に放り込んだ。
「私がこの目で直に見たチャイルドにまつわる事々は……」
クロムゼンダー少佐はチャイルドの駆逐艦内で発揮した驚嘆すべき能力の数々を語った。語り終わったそのあとで、
「そうだ。私が今語った事々は凡人の私の目に驚異と映ったに過ぎない事柄だが、もっと客観的に学術的にチャイルドの特異性を証明できる人物がいる。教授だ。教授に聞くがいい」
「教授?」
聞き返す大佐に、
「ボブゥール・シャラザイン教授、数学者です。次に呼んであります」
ジュモーラン大尉のしたり顔が答えた。やがて、
「お呼びですかな」
及び腰でボブゥーが執務室に入って来た。
「おお、教授。お呼びしましたとも呼びましたとも」
大佐が相好を崩しながら手招いた。片方の手はボトルを持ちグラスにガナハを注いでいる。
「どうですかな、一杯」
テーブルの上をボブゥーに向かってグラスを滑らせた。
「ガナハですな」
ボブゥーの頬が緩む。
「まずはグッと」
言うや大佐はグラスのガナハをポイと喉の奥に放り込んだ。それを見てボブゥーがおずおずとグラスをつまみ、ぐびりとやった。
「うぷっ……効きますなあ」
言って残りを喉奥に流し込んだ。
「おうおうおうやりますな、朝はやはりこれです」
大佐は笑み崩れてまた二つのグラスにボトルを傾けた。
その様子を観ながらジュモーラン大尉は、大佐は人間の扱いを心得ていると感じていた。パスダード艦長もクロムゼンダー少佐も軍の位階でいえば格下である。しかるに二人ともどこかに辺境惑星の田舎軍隊の大佐ごときがという侮りを漂わせているにもかかわらず、意に介さず聞きたいことは引き出している。そしてこの人のよさそうな民間人に対してもそれなりのあしらいをしている。
「ところで教授。チャイルドは数学の天才だとか?」
「天才? 天才なぞと言うものは1000人に、いや10000人の優秀者のトップのことを言うもんですよ。チャイルド、いや、ルーはアストラギウス銀河三千年の歴史に一人現れるか現れないかの傑物ですぞ! なんせこの銀河中の数学者の望み、夢だった『クエント三千年の予想』をたった二か月ほどで解き明かし証明して見せたんですからな! 天才なんてそんなちゃちなものではありません。とてもとても!」
「ほう! 銀河三千年の歴史に一人!」
大佐は大仰に驚いて見せ、次いで、
「凄い! しかしその天才、いや天才以上の傑物中の傑物の、ルー少年の、ボブゥー教授は師匠、先生であるんですな」
「いやいやいや、私は師匠なんてものじゃない。共同研究者、いやアシスタントみたいなもので、私が教えたことは数学の世界の約束事というか、決まりごとをちょこっと……その何というか」
照れるボブゥーに大佐はさらに追い打ちをかけた。
「しかしその大天才大傑物の師匠であることは間違いないところでしょう。大傑物でも、その師匠は師匠、あなたの言うことならルー少年は……素直に言うことを聞く? そうではありませんかな」
「いやいやいや、確かに数学のイロハを教えたのは私ですが、それだけです。彼は素直な少年ではありますが、あれでなかなか芯が強い所がありましてな、彼がまあ……師匠とか先生とか、いや真に信頼を置いているのは……キリコでしょう」
ボブゥーの口からぽつりとキリコの名が転がり落ちた。
「キリコ⁉」
聞き返す大佐の耳にジュモーラン大尉が囁いた。
「キリコ・キュービー。例の、ワイズマンにチャイルドの養育を託されたものです」
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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