『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第34話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第34話
「ふぅーーむ」
ルーの姿が扉の向こうに消えると大佐は大きく吐息を漏らした。数秒の沈思の後、
「どう思う、大尉?」
大佐は傍らに控えるジュモーラン大尉に聞いた。
「はっ……どう思うとは、どのような?」
「あの少年がメッタリア…いや、神の子かどうか、本物かどうか」
「……」
ジュモーラン大尉は即答を避けた。大尉にはルーが本物かどうかより、自分にとってどういう答えが得かどうかが問題だった。ややおいて慇懃に独裁者の意見を探った。
「自分には何とも……閣下は、いかように?」
「慎重だな。いや、いかにも大尉らしい、ハハハハハハ」
大佐は豪快に笑い、
「いずれにしても客人たちにはまだまだゆっくり滞在してもらわなければなるまい」
アルルバン・ガラーヤン大佐――クーデターで実権を握り、ヴオーラン党というならず者集団の党首にして国家革命指導評議会議長を名乗るこの男――拉致を招待と言い換え笑い飛ばす強引粗暴のその裏には熱帯雨林の湿地帯を思わせる執拗稠密な濁り水のような黒く重い強かな意思を潜ませているのであった。
キリコとルーらが惑星グラッセウスのタブタブレイ・ニプニィー聯武国に足止めをされていたその頃――。
ギルガメスの惑星メルキアの古都アテムドでは、
「お着きになられました」
アテムドの旧市街、その中心にある歴史と権威を象徴するオルダーズ・ゴン地区のこれまた中心にあるホテル・ゴルヴァーズの奥の院の分厚い扉が開かれ、その男が恭しく招じ入れられていた。
「おうおう、いらしたか」
黒々とした法衣のような貫頭衣を纏ったその男は、迎えに立った枯れ木のような老人に尊大に頷いた。
黒い貫頭衣の男はジャン・ポール・ロッチナ。迎えたのはギルガメス連合内に隠然たる力を持つ秘密会議【バーン】の議長、ホブレット・スマ・ビラテキスト三世であった。
ビラテキスト三世は齢すでに百十数歳を超えたともいわれるが、公の一切は引退した身分ながら、宇宙文明発展史の泰斗でアストラギウス銀河に分散する諸国家、中でもギルガメス国家群の権力顧問を歴任した過去を持つ。ゆえに今にして陰に陽にその影響力を銀河に保持している怪物である。
「ジャンポール・ロッチナ博士。今日そなたに来ていただいたのは他でもない」
と言いつつ同席する面々を振り返って、
「世に忍ぶ事がらゆえ、同席のお歴々のご紹介は控えさせていただく」
とビラテキスト三世が言葉を濁した。そこには、
現役の国家元首、ギルガメス軍軍事指導者、汎銀河経済団体代表、宗教教団宗祖、政治結社統領、等数人が息をひそめるように控えていた。ロッチナ博士は一同を一通り見渡した後、
「委細承知しました」
言いつつ設えられた席に着座した。
「ご理解かたじけない」
ビラテキスト三世もロッチナ博士の向かい正面に腰を下ろした。
「で、御用向きは?」
ロッチナ博士が言葉に見合った直截な眼差しを老人に向けた。
「チャイルド、いや、キリコの事でございましてな」
「ふむ」
「ロッチナ博士もバーンの会員であられるのでお聞き及びと思いますが、先般、惑星ラドーからチャイルドとキリコの移送が始まりました」
「聞いております」
「ところが、トロックフーブ宙域でバララントの遊弋艦隊との接触が予測され、それを避けて北端部を迂回航行中に消息を絶ちましてな」
「⁉」
「以来行くへが知れません。可能性のあることは、バララントとの交戦も含め検証いたしましたが、これといった答えが見つかりません。数十人の人間を乗せた鋼鉄の塊が幻のように消えました。まるで神隠しにあったように」
「……」
「もともと、この移送計画は…お判りと思うが…公に出来ない要素が多く、軍内においても極秘に進めておったこともあり、事態の収拾に困惑しております」
「で、私に」
「さよう。神隠しとあればロッチナ博士の御領域かと」
穏やかながら老人の物言いには有無を言わせぬものがあった。
「確かにこの仕事は私がうってつけの様だ」
ロッチナ博士は言うなり立ち上がり、
「惑星ラドーのヒニヌュス出発からの全データを即いただきたい。今からすぐに取り掛かります」
と出口に向かって黒衣を翻らせた。
それから数日の後、ジャンポール・ロッチナ博士の姿は自由交易都市グルフェーの飛行場にあった。その昔はこのグルフェーに入るにはソムジー大砂漠をホバーに揺られ汗と埃の五日か六日は掛かったものだった。かつては戦時で空路が封鎖されていたからだ。今はそのグルフェーに最寄りの空港から数時間で到着する。
カウンターを抜けるとき係官がにこりともせず、
「ゴ・ラ・ムラン・デ・グルフェー」
と言った。
「ふん」
ロッチナ博士も仏頂面のままカウンターを抜けた。ゴ・ラ・ムラン・デ・グルフェーとはこのあたりの古語で『砂と岩と律法があなたを護らん』という意味だった。砂はソムジー砂漠の砂で岩はこの固い台地、そして律法は教団マーティアルの庇護を現していた。自由交易都市グルフェーは来るものを拒まず去るものを追わない、ゴ・ラ・ムラ・デ・グルフェーは砂漠の自由自治都市の誇りを象徴する言葉だったのだ。
「そんなに陰気な顔をするなって!」
甲高い声の割に歳のいった顔がロッチナ博士を出迎えた。
「……バニラ・バートラー……出迎えご苦労」
感情のこもらない視線が交錯した。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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