『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第37話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第37話

 

「キリコーっ⁉」

ゴウトとココナの驚愕の声も重なった。

「驚くのも無理はねえ……」

と始まったバニラの説明に、二人の反応は『まさか俺達を置いてきぼりってことはないだろうな』と言うものであった。

今やバニラ商会はアストラギウス銀河を股にかけるトレーディングカンパニーになり上がっていた。信条は“商いに徹する”と謳っているが、刺激を求める心根は創業の根っこにとぐろを巻いていた。切り取り強盗をしないバイキングのようなものだった。

「親父、船はいつでも出せるぜ」

戻って来たソルティオが胸を張ったのはロッチナが姿を見せてから半日も経っていなかった。

 

 

「うーーむ、まさに触媒そのものではないか!」

ガラーヤン大佐は言ってグラスにたっぷり満たしたガナハを喉の奥に放り込んだ。

「触媒ですか?」

聞き返すジュモーラン大尉に、

「そうではないか大尉…」

再びガナハのボトルに手を伸ばしながらガラーヤン大佐が続けた。

「キサマがあの子を連れてきてからわずか二週間だぞ、わずか二週間でこの惑星はまるで煮えたぎる坩堝のようではないか。考えてもみたまえ大尉」

「はあ…」

ここはタブタブレイ・ニプニィー聯武国の国家革命指導評議会議長、その他山ほどの肩書を名乗る独裁者ガラーヤン大佐の執務室である。

「触媒というのは、そこにあって周りのものに化学反応を起こさせるものを言う」

「承知しております」

「この惑星グラッセウスは元来人心が穏やかで変化に乏しい惑星だった。あの百年戦争の折、ギルガメスとバララントが互いの影響力を競ったことがあったが、目立った紛争も怒らず安定を保ち続けた。この国などは聯武国を名乗るもおこがましい隣国に拳一つ上げなかった。わしに言わせれば停滞そのものと言っていい」

「閣下がそこに楔を打ち込まれた」

「キサマだから言うが、有り体に言って野心だよ! 我欲だ! わしは権力を手に入れたかった」

「私もです。ですからこの国に参りました。野心は安定からは育ちません」

「ふん!」

さもありなんとガラーヤン大佐は鼻で笑った。

「国を手に入れたはいいが、この国には力がない、自分から打って出る力がない。否が応でも安定と沈滞だ。このちっぽけな椅子にふんぞり返ってるしか能がない」

「それでは満足できないと?」

「力がないものが自ら事を起こせば破滅へまっしぐらだ。わしとてそのことぐらいは心得ている。そんなところへ貴様からの…」

「プレゼントですか」

「ふん、その通り。何かの切っ掛けにはなるかもしれんと、場合によっては神の子を錦の御旗に推し立てて無理くりにでも、と思わんでもなかった。それが…」

「化学作用を起こした…」

「この惑星が煮えたぎり始めた。荒れれば荒れるほど……わしや貴様の出番が増えると言うものだ。そうだろう、大尉!」

「仰せの通り」

「そのうえあの山への落雷だ。これこそ何かの啓示に違いない。そう思わざるを得んではないか、どうする大尉!」

「委細承知、お任せを」

ジュモーラン大尉の磨き上げられた長靴の踵が打ち鳴らされた。

 

 

一方――ここはヴァンバララッサ天授王国。

その王宮の奥まった一室、そこにはこの国を牛耳る三人の男が額を寄せ集めていた。ダラムデラム・ゴルキン・ギュプタブトッテン三世天授国王と、ドラーレン・ニプニプ十三世教皇、そしてもう一人がプルルクル・プルサン宰相。

部屋の様子は豪奢を極めているが、公式な匂いがしない。まるで悪魔の体内を思わせる重く暗く生臭い秘密サロンのような趣である。

「ぬかったな、メッタリアをガラーヤンに盗られるとは」

「ジュモーランを見くびっておった」

「いっそあのガキの首を取っておけばよかった」

三人の言葉のやり取りからは国王だとか教皇だとか宰相だとかの嗜みは感じられなかった。あえて言えば利を共にする狐狸ムジナの集まりか。

「それにしても、あのブローザン・ヒルにあのような落雷が落ちるとは、偶然か?」

国王の疑問に宰相が、

「いーや、偶然ではあるまい。メッタリアの出現と同時にあのような碑文が刻まれるなど偶然とは言えますまい」

と首を振った。

「それにしても、あの碑文の意味はどうなんだ? 何を意味しておるんだ?」

教皇が宰相に聞いた。

「それこそあんたの専門だろうが、神の言い分はわしには解からん」

教皇がお手上げとばかりに両手を開き肩をすくめた。

「フフ、神の僕を任ずる教皇がこのざまだ」

国王が嗤う。

「まったっくぅ!」

宰相も同意し嘆息する。

彼らが話題にしているブローザン・ヒルの碑文とは、この惑星グラッセウスの北半球中央部の高原にある花崗岩が露出した周囲2キロ余りの円錐体状の山である。この山の頂上付近に数日前に落雷があり、まるで古文のような文字列が刻まれたというのだ。

「あの山だから問題なんだ」

「その通り」

「ブローザン・ヒルだからなあ、放ってはおけんて」

彼らが問題にするブローザン・ヒルは五つの国の国境に跨っており、その国境が接する頂点のところをまるで巨人が摘まんで出来たような三角錐の岩塊がある。その岩塊を中心にその昔の勢力争いを収めた功により五つの国の英雄の顔が刻まれているのだった。つまりは聖地であった。

聖地に刻まれた落雷による碑文。その前にあったメッタリア=超絶者の降臨、答えのない超常的出来事、それは噂を呼び、疑惑を生じ、不安を掻き立てるものであった。

――神が何かを言おうとしている。神が何かを求めている――

人々にとって超常的なものは恐怖であり不安でもあったが、一方希望を掻き立てるものでもあった。一般人に不足と抑圧はつきものだ。それは変革変動を求める。

だが既得権者にとっては、

――神の意志を、他の奴に先んじられてはなるまいぞ!――

であり、野心を燃やす者にとっては、

――今こそ、神を味方にこの世の権力を我が手に!――

であった。

「神が何をおっしゃろうとしているかはともかく、他国に先んじられる訳にはいかぬ」

「メッタリアはすでにあのならず者の手にある」

「だからこそブローザン・ヒルの実効支配が何よりも優先される」

三人の意図するところは同じであった。そしてそれは他の国の支配者たちの考えるところでもあった。

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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