『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第39話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第39話
「なぜチャイルドがATで出撃を!?」
「その碑文とやらには何が刻まれているんだ?」
「実戦もあるのか?」
集められた一同からは口々に疑問がほとばしった。ここはドロムゼン・パスダード艦長の部屋。あれ以来一同は宮殿内に軟禁状態であったがそれぞれに個室が与えられていて、お互いの部屋への出入りには制限がなかった。
「キリコ、何か知っているか?」
クロムゼンダー少佐の質問に一同の視線がキリコに集まった。キリコは無言で首を振った。
「貴様にも一言も無しか?」
「ああ」
キリコは短く答えた。
「教授、あんたにもなにも無しか?」
クロムゼンダー少佐は質問を教授に振った。
「何も言ってなかったなあ、……でも」
ボブゥ教授は丸い額を掌でぴちゃぴちゃ叩きながら確信ありげに言葉を繋げた。
「皆さんの疑問とするところが、そのまま答えではないのでしょうか」
「我々の疑問が答え? それはどういう意味か?」
クロムゼンダー少佐が教授に向かって一歩詰め寄った。それは詰問ともとれる強さを伴っていた。
「それはそのう……」
ボブゥ教授は叩いていた額を撫でまわすようにしながら、
「私の見るところ、ルーはヒニニュスでのバトリング、艦内のシュミレーションを通じてATに興味を持った。だが」
教授はいったん言葉を切り、キリコに視線を送った。
「キリコに乗るなと言われた。そうでしたよねキリコ」
キリコに反応はなかった。ボブゥ教授は一同に視線を戻して続けた。
「ATへの認識が完結しなかったルーは興味を残した。そして碑文です。突然、超自然的に岩肌に刻まれた文言は解読不能の古文だが神の言葉と噂されている。神の後継者としてこの星に招待を受けたルー、つまりチャイルドに関心を持つなという言う方が無理でしょう」
ボブゥ教授は丸いおでこを叩きながら室内を見回した。
「答えを知りたいのは私たちばかりではない。国家の運命が懸っておりますからな」
一同は現実に引き戻された。この部屋に関わらずあらゆるところに監視用のカメラとマイクが仕掛けられているのは自明の理だった。
「大佐、頂いたガナハのボトルが空いてしまいました。もう一本お願いできますか」
教授が辺りを見回し、どこかにあるカメラに向かって片目をつぶった。
ブローザン・ヒルの周囲は国境線に沿ってそれぞれの軍隊が密やかに配備を済ませていた。だがそれぞれが申し合わせたように動きを見せない。ここ惑星グラッセウスでは三世紀にわたって戦争と言えるものは発生していなかった。アストラギウス銀河を真っ二つに分けたあの百年戦争でも目立った紛争は発生していない。むろんギルガメスとバララントの干渉により両陣営に色分けはされてはいたが、それは両陣営の都合によるもので、惑星グラッセウスの中では熱いものには発展しなかった。つまり惑星グラッセウスは三百年穏やかな眠りの中にあったと言える。
ここブローザン・ヒルは遥かな昔の悲劇を凍結した英雄たちを記念する丘であった。それぞれの国に向かい丘の岩肌にはその英雄たちの胸像が刻まれ故国に向かって慈愛の視線を投げかけていた。つまりここブローザン・ヒルは平和と協調の象徴であったのだ。
「ハハハハハ、皮肉ではないか三百年に亙る平和と協調の丘のてっぺんを神の指がひと抓みしただけでこのありさまだハハハハハハ」
敷かれた陣地に到着した双剣の薔薇を前に駐留軍指令ポロンプテン大佐が高笑いした。
「神っていうのは万民の平安を願うってのが相場じゃなかったのか。これじゃあひと騒動起こるのを楽しみにしているって誤解されても仕方がないぜ、なあ」
「……」
片膝をついて控える双剣の薔薇は無言だった。
「立てよ。そう時代がかられちゃあ話も出来ねえ」
ポロンプテン大佐は双剣の薔薇を立てさせテント内にあるブリーフィング用のテーブルの前の椅子を指さした。
「はっ」
素直に従う彼女の前にはすでに着席した二人の軍人が居た。
「副官のウジミール中尉と先任のタワワング上席曹長だ」
双剣の薔薇は二人に慎重な視線と会釈を送った。
「双剣の薔薇、あんたについちゃあ二人には説明済みだ。我々正規軍の立場はあくまで現状の保持、今持っている権益の守りに尽きる。だからよほどのことがない限り兵を動かすことはできない。この事は他の国も似たり寄ったり同じだろう。軍人としちゃあつくづく詰まらねえ時代に生まれちまったもんだと思っているんだが。そこであんただが、言っちゃなんだが雇われの身だ。名目だけでも我が国のものではない立場で…」
ポロンプテン大佐は言葉を切って照れ臭そうに親指で背後の頭上を指さした。
「…ま、あの丘のてっぺんにツバ付けてもらいたいと、おおよそのところプルサン閣下の言い草はこうだったはずだが」
「……」
双剣の薔薇は再び無言で頷いた。
「結構! ヒルトップへのルートは調査済みだ。詳細は二人に聞いてくれ」
ポロンプテン大佐はいうだけ言うとテントにつり下がった雑嚢入れから酒のボトルを取り出しキャップを撥ね飛ばした。
その頃ジュモーラン大尉の先導でチャイルドの一隊も自陣に到着していた。
チャイルドを伴って仮設の現地司令部に入ったジュモーラン大尉は挨拶抜きでいきなり言い放った。
「すでにお聞き及びでもありましょうが、我々は最高機密の存在であります。よって詳細の一切を語ることはできません。早速ですがヒルトップへの作戦ルートをご教示願いたい」
有無を言わさぬその口調には権力に一番近くに居るという自信が覗いていた。
こうしてかつてはこの地方の平和と協調のシンボルであったブローザン・ヒルは、神の指のひと抓みによって出現した古文を纏った三角錐の碑を巡る戦いの場と化したのである。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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