『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第41話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第41話
「行けーーっ!!」
ジュモーラン大尉の声に煽られた訳ではないが、二機は轟然とローラー音を響かせて合い寄った。互いの銃器が空中で噛み合い砕け散った。両者は手の中の役目を終えた鉄の残骸を投げ捨てた。
「早い!」
ジュモーラン大尉が言うまでもなく蠍の身体が亀の内懐に走り入った。瞬間右のアームパンチが亀の左側胴にさく裂、その衝撃でさすがの亀、いやATH―14―GF・スタンディングタートルの巨体がグワンと右回転に振られた。と、見えたのは肉食う亀の作戦の内で、その実右足ターンピックを利かし左足ローラーダッシュで巨体を360度回転させ同期させた左腕が蠍の右側頭部を襲った。直撃されれば蠍の頭は肩の上にはなかっただろう。ヘビー級のタートルとミッド級のドッグとの身長差はおよそ200㎜。この差が効いた。僅かに身をかがめた蠍の丸い頭部に火花が散りアンテナが吹き飛んだ。
「やるな! さすがはエース戦だ!」
ジュモーラン大尉の歓喜の声が上がる。
「大尉、どっちが勝つか賭けようか」
チャイルドのバトリングを見ているような提案に大尉は即答した。
「乗った! 何を賭ける?」
「んー、そうだな、ガナハのボトル3本」
「えっ、メッタリア飲むのか!?」
「ハハ、教授へのプレゼントさ」
「よっしゃ! ガナハ3本!」
不謹慎とも思える二人の会話の間にも狂猛なる亀と蠍の戦いは続いていた。
「大尉はどっちだ?」
「いいのか決めて? 私は亀だ! あの肉食う亀だ!」
「私は赤い蠍に」
ATが人間の形に擬えられているのはダテではない。肉体能力の延長にある。ということはヘビー級は全てにわたってミッド級の上と考えてよい、あえて劣ると言えばスピードか。だがそのスピードにおいても亀は足回りに手を加えているのか互角に見える。それが証拠に、
「それ、そこだ! 相打ちで構わない。やれやれ!」
大尉の檄に応えるように亀は蠍の攻撃に我が攻撃を合わせていた。こうなるとヘビー級とミッド級では差が出る。通常アームパンチは左右に7発づつ液化火薬の爆圧でアームがスライドする仕組みだ。蠍の最後の一発を亀の掌底が受け止めた。反動で蠍の身体が5メートルほど後退しがくんと片膝をついた。目の前で排出されたカートリッジが弾んで転げた。
両者の動きが止まった。
仁王立ちする巨大な亀、片膝をついている蠍、実は両者ともにこの瞬間が来るのをマッスルシリンダーの唸りと鉄の軋みの中で待っていたのだ。
亀にとっては、
(相手が射撃場の標的のように止まるところを!)
であり、蠍にとっては、
(背中の毒針を放つその一瞬を!)
であった。亀が隠しに隠しておいた胸の機銃弾の残りを全弾吐き出すのと、蠍が立てていた残りの片膝を折って背中に背負ったバックパックに装着した特殊銃を放つのとが同時だった。
――赤い蠍は至近から機銃弾を全身に浴び爆裂して四散した。肉食う亀は精妙な蠍の一刺しにコクピットを貫かれ立ったままその全機能を停止していた。
「相打ちか……」
「そのようだな」
ガナハの移動はなかったがジュモーラン大尉の大博打は継続していた。
「メッタリア、いつまでケンとやらをしている。今こそ碑文のもとへ急げ!」
大尉がヒルトップの支配を促した。だが、
「ケンをしていたのは私だけではなかったな」
「ん!? あれは!!」
ジュモーラン大尉の双眼鏡の中に現れたのは、
「双剣の薔薇!!」
それは、ヒルトップの碑文を挟んでチャイルドと等距離に艶やかに佇んでいた。
ジュモーラン大尉は全身の血が湧きたつのを感じた。
(こ、これを、この時を、俺はこの時を待っていたんだ!!)
生まれてすぐに解ってしまった自分の正体、家柄も能力も、志も、スッカラカンに見通せてしまう自分というものを到達点不明の、限界点不明の、行き先知らずの、正体不明の膨張し続ける怪物的存在に変えるための賭け―ー、
(俺はそれに賭けたんだ!!)
チャイルドの受信機に明瞭な音声が届いた。
「そなたがメッタリアか?」
涼やかなその声はチャイルドがこの世に意識を持ったその時から初めての感興を湧き起こした。チャイルドも答えた。
「ここではそう呼ばれている」
「ここでは?」
「その他に、チャイルドとも呼ばれることもあるが、自分ではルーと呼ばれるのが一番好きだ」
「私もここでは双剣の薔薇と呼ばれているが、生まれたときはロサパールヴィと呼ばれた」
二人は名乗り合いながらジリジリと三角錐の碑文の周りを右回りに回っていた。
「ロサパールヴィか、可愛いい名だな」
「ルーもな」
「だがここは戦いの場だ。私のことはメッタリアと呼んでくれ」
「私のことも双剣の薔薇でいい」
「解った。ところで双剣の薔薇はこの碑文に書かれていることの意味は分かるのか」
「いや、こんな古い文字は読めない。メッタリアには読めるのか」
「三分の一は判読できる。意味合いは文脈から推理できる。書かれているのは……」
「不要だ!」
双剣の薔薇はぴしりと言い切った。
「私の任務はここを実効支配すること、意味合いを知ることではない」
「そうか。ならばここからは口を慎もう。ただ一つ提案がある」
「聞こう」
「どちらが勝っても、それで終わりだ。だから手勢を引かせろ」
「解った。そうする」
「勝手に決めるな!」
ジュモーラン大尉が会話に割り込んだ。
「任務は碑文の絶対確保だ。そのための一個中隊だ。中隊は無傷だ。最後の一兵まで任務遂行に尽くせ!」
「ジュモーラン大尉。そんなのは無駄な戦いだ。仮に私が負ければそれでお終いだ。無駄なことを無理押しするのは大尉らしくないよ。その代わりと言っては何だが、戦いの合間に私が理解しただけの碑文の言葉を送る。しっかりと記録しておくんだね。じゃあ」
その言葉が合図のように、チャイルドと双剣の薔薇は足元のローラーを鳴らしてそれぞれの立ち位置を確保した。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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