『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第48話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第48話
「なあ、大尉……」
バニラやロッチナを下がらせてから、執務室に戻ったガラーヤン大佐が暫しの沈黙の後脇に控えるジュモーラン大尉に顔を向けた。
「はっ?」
「わしもこれでものを考える。突っ走ることもある。そしてまた考える。まあ大概の人間がそうしたもんだろう。……」
「はぁ……」
大尉には大佐が何を言おうとしているのか予測がつかなかった。
「まあ、なんだ。貴様もわしもおおむね同種同族といってよい。ありふれた野心と、それに見合うほどの運とでここまで来た」
「……」
「まったく、ささやかなもんだ」
「ささやかですと、閣下は一国を手に入れられた! それをささやかだと?」
「ちっぽけなものだ。それにそのちっぽけなものにもう疲れている」
「何をおっしゃる、自分はその入り口にも立っていない!」
「ふ……」
大佐の口から吐息のような笑いが漏れた。
「わしも貴様ぐらいの時が一番楽しかった。何でも自分の為に利用してやろうと思った。全ての存在は自分にとっての踏み台と思った。上へ上へ、上られるだけ上ってやろうと思った。全てを手に入れ、支配し、そして……」
大佐は言葉を切り、卓上のガナハのボトルに手を伸ばした。
「行く手に壁が出来たら」
グラスにガナハを満たし、それを喉の奥に放り込んだ。
「こうすれば壁は崩れ道は開けたものだった」
大佐は空のグラスを力なく置いた。
「だがもう駄目だ。先が見えてしまった。カラクリが分かってしまった」
「閣下…」
「この惑星の全てはワイズマンの胸の内にあったのだ。この国の中でのわしの役割もワイズマンが決めたことだろう。いや、わしでなくても、誰でもよかったのだろう。あの碑文の中での役割をこなせるものならだれでもよかった。時がずれていれば、貴様などうってつけの役回りではないか、ハハ、ハハハハハ…」
「……」
「そして時を待った。メッタリアが、チャイルドが現れるの待った。つまりはこの惑星そのものが、後継者を見極める巨大な実験装置なのだ」
「そんな!?」
「わしらは、その実験装置を形作るネジクギの一本に過ぎない」
「そ、それじゃあ!?」
大尉は、それでは自分たちはこれからどうしたらいいのかと聞きたかったのであろう、だがその言葉が出る前に大佐が言った、
「大尉、どうしたらいい? どうするこれから? 何でもいい、考えがあったら言ってみろ」
大佐は大尉の若さゆえの未熟な思考に期待した。
「後先など考えんでもいい! 思ったことを言ってみろ!」
「はっ」
大尉はいつものように自分にとって利益になる意見を探った。今は打ちひしがれ弱気になってはいるが目の前にいる男はこの聯武国を腕一つでもぎ取った男だ。意に染まない意見などを吐いたら自分など一ひねりで抹殺できる力を持っている。
「……愚考しますに」
「言葉を飾らんでいい」
「は、この惑星そのものがワイズマンが作った実験装置だとしますと、その実験が終わったかどうかでありますが、もし秩序を保つのが神たるものの力だとすれば、メッタリアは苦も無くそれをクリアーしたことになります。つまりは後継者たり得ると、ですが、ロッチナ博士の言を聞きますと神のテストはまだ終わっていないと」
「言っていたな。たしかに」
「テストの本番は後継者とキリコの戦いだと、そのことが本当であれば我らがなすべきことは、その戦いの邪魔をしないこと、あえて言えばその対決の手助けをすることではないでしょうか。結果は、ロッチナ博士の言葉によればどちらが勝っても神の勝利、少なくても復讐はなる。三千年もの間銀河を統べる神には逆らえません」
「どうすれば、神の手助けができる」
「今はただ状況の推移を見守るだけでいいのでは」
「どういう意味だ」
「メッタリアは兵器廠に籠りきりでATを弄り回しています」
「メッタリアとキリコがATで戦うというのか!?」
大佐の思考が混乱した。銀河の統治者を選ぶテストがATによる戦いで決められるなどということは理解できることではなかった。
「そんなことがラストテストだというのか!?」
「神の真意が那辺にあるかは知るところではありませんが、わたしには全ての物事がその一点に向かって粛々と進められているように見受けられます」
「うーーむ!?」
大佐は唸り、そして考え込んだ。
その頃、兵器廠の整備工場の懸架台には特殊な、まるで全身にハリネズミのように銃火器を装着したATが吊るされていた。
「ふんふんふん」
軽く首を振り頷きながらあらゆる角度からそのATを覗き込んでいるチャイルドの姿があった。それを見守る数人の整備兵たちがひそひそと交わす言葉から、彼がもう三日も睡眠もとらずこのATに掛かりっきりであることが知れた。やがて、
「ハンガーテスト行ってみたいんだけど」
チャイルドは整備兵に声を掛けた。
「コクピットに入りますか? それとも操作卓で」
「乗らなくてもいいでしょう、作動が完璧かどうかのチエックですから。それとミッションデスクも作っちゃいたいんで」
懸架台を少し外れたところにATと幾筋かのケーブルでつながれた操作卓があった。
「準備は整っています。どうぞ」
卓の前の椅子を示されたチャイルドは心から楽しそうに、
「楽しみだなあ!」
腰を下ろし、まるで演奏前のピアニストのように両手を胸前に広げ、十本の指をしなやかにくねらせた。
続く
イラスト:吉田徹 (C)SUNRISE
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