『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第52話
『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第52話
「どうやら、お二方には御同意をいただけたようですな。さてその他に……」
ロッチナ博士が静まり返った宴席を見回した。と、
「…問題と言えるかどうか…」
自問自答のような呟きが聞こえた。
「む⁉」
その呟きをロッチナ博士は聞き洩らさなかった。
「ボブゥブー教授、ご意見があるならおっしゃらっさい! 何なりと、さあ!」
「まぁ…大したことではないのかもしれませんが、ルーの、いやチャイルドの機体はチャイルド自身のチューンアップで自身言うように最高の機体としてある。しかし、キリコの乗る機体はどうなのかなと、匹敵するものが用意されるのかどうかなと、最高の機体最高の乗り手という同一条件が成立するのかどうか、その辺りがどうも、この国にあるATは治安維持用の警備仕様と聞いていますので、まあその、細かいことが気になる質でして…」
「ふん! この期に及んで機体の優劣など、いいですか…」
そんなことはそれこそ問題ではないのだ、とロッチナ博士が言葉を継ごうとしたその前に、
「ATならありますよ!」
と声が上がった。ソルティオだった。
「チャイルドの機体とタメを張れるかどうかはわかりませんが、この俺が最高に仕上げたATです」
「何を言うんだソルティー! お前って奴は!」
叫ぶバニラに、
「父さん、あんたが用意しろって言ったんじゃないか、こんなこともあろうって、まさにこの場のこの話こそが、こんなこともあろうということじゃないのかい」
「それとこれとは!」
「違わないよ! あのグルフェーでの黒い稲妻旅団を撃破した、あの機体を用意しろって言ったのは父さんなんだから! あの人のために!」
ソルティオの視線は真っすぐにキリコを捉えていた。
全ての流れが、二人の対決へと向かっていた。
凝集する視線、凝縮する緊張、時間も止まった数瞬の後―、
「――是非もない」
立ち上がったキリコが、手に持ったナプキンで僅かに口のあたりをぬぐい、その白布をテーブルに捨てた。
「キリコ―‼」
バニラ、ココナ、ゴウトが悲鳴のごとき声を上げて取り囲んだ。
「やらねえって言えば済むことなんだ!」
「そうよ! ダメよ!」
「こんな見え見えの罠に嵌ることはねえって! 止せキリコ!」
そんな三人に普段と変わらない声が答えた。
「誰のせいでもないんだ。俺自身が呼び寄せたことなんだ。――なあ、ルー、そうだろう」
呼びかけられたチャイルドは返事の代わりに、ニコッと笑った。
「ただ、条件がある」
キリコがガラーヤン大佐に視線を移した。
「ん⁉ 私にか? 私に出来ることなら、何でも言ってくれ」
「軍の宇宙港を貸してくれ。この勝負にマギレがあってはならない」
「マギレ?」
「障害、障壁の無い、運、不運が介在できない完璧な戦いの場が欲しい」
「なるほど、宇宙港の4000メートル滑走路なら完全無比のバトルフィールドだ。互いに逃げも隠れも出来ない」
「もう一つ、時間を置きたくない。勝負は今からだ」
どよめきの中でチャイルドだけが無言の微笑みを返していた。
その、向き合った二機のATは誰の目にも双子のようにそっくりに見えた。
無論、細部には細かな違いがある。だが――
ベースの機体は共にギルガメス軍のATM―09―ST、いわゆる通称スコープドッグであり、右肩にショルダー・ミサイル・ガンポッドを負い、同じく右腰にSSMミサイルランチャーを装着、左肩にはスモークデスチャージャー、下がって左腰にガトリング砲、左腕に固定のソリッドシューター、右手には手持ちのヘビーマシンガン。それら兵装を全て制御するのが背中のミッションパックである点も同じである。
「あれは⁉」
軍事に携わったものであれば一度はその耳に、あるいは知識としてあるいは噂として刷り込まれてあったであろう、
「レッドショルダーカスタム‼」
百年戦争の昔、狂気の軍神ヨラン・ペールゼンが無敵不敗の軍団を夢みて創設した[第24メルキア方面軍所属惑星占領軍戦略機甲兵団特殊任務班Ⅹ―1]人呼んで吸血部隊、敵の血肉を啜るは当たり前、任務遂行の為なら味方の骨をも齧ると言われた鉄の悪魔の、それの標準兵装であった。
「ソルティー、よくあの機体を仕上げたな」
バニラが息子を振り返ると、
「この目にグルフェーでの稲妻旅団との戦いが焼き付いている」
「ウドで治安警察の群れを蹴散らした時もな。あいつを仕上げるにゃあ昔取った杵柄俺も手伝ったんだ。なあソルティー」
ゴウトが得意げに丸い鼻をうごめかした。
「余計なことを」
「そうよ。ソルティーもとっつあんも余計なことをしなければキリコだってその気にならなかったかもしれないのに」
不安に掠れたココナの声が二人を責めた。
「いや、こいつは最初から仕組まれたことなんだ! あのヌルゲランドから光と共に二人が飛び出た時からこうなるようにワイズマンが仕掛けていたことだったんだ! 性悪の神にわしらも、あのキリコも踊らされていたんだ。クソッたれ!」
ゴウトの言い訳じみた恨み言に、バニラもココナも返す言葉もなく対決の彼方に不安の視線を送るしかなかった。
(あっ!)
声を出す者出さない者、いずれの胸にもその始まりが知れた。向き合っていた二体のATは数歩の間を歩み寄り、そしてすれ違い、さらにローラーダッシュをかけて間合いを取った。ほぼ2000メートル、二機は戦闘態勢に入った。
続く
イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE
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