傑作ロングセラー商品にして昭和を代表する「ガッカリ玩具」?増田屋コーポレーション「モーラー」【連載:懐かし玩具アーカイブス】

更新日:2016年8月18日 20:20

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文・写真●初見健一/編集●ジマ丸(電撃ホビーウェブ編集部)

大ブームを起こしたアイテムから知られざる駄玩具まで、かつて昭和っ子たちを夢中にさせた「懐かし玩具」を、昭和キッズカルチャーをこよなく愛するレトロ系ライターが紹介する連載企画。今回のテーマは、70年代に大ヒットを記録しただけでなく、現在も販売される超ロングセラー商品として君臨する一方、多くの昭和っ子の記憶に「究極のガッカリ玩具」として刻まれる増田屋コーポレーションの「モーラー」だっ!

モーラー

 

 

増田屋リスペクト!

最初に断っておくが、筆者は増田屋コーポレーションという玩具メーカーを心からリスペクトしている。
同社は日本屈指の老舗玩具メーカー(創業は1724年。江戸時代だ!)としてさまざまな画期的商品・ヒット商品を発売してきた。マーケティング的な仕掛けや版権キャラに頼らず、「玩具本来の魅力で勝負する」という志を貫き続ける姿勢は、大げさではなく、日本玩具業界の「良心」だと思っている。

同社が戦前から手掛けるブリキ玩具は今もビンテージの名作として世界的に人気が高く、電動の歩行ロボットや空飛ぶ円盤などは、ブリキ玩具が「時代遅れ」となった70年代以降も定番として普及していた超ロングセラーだった。

 

宇宙円盤x7▲1950年代に発売されたブリキ製空飛ぶ円盤「宇宙円盤X-7」(写真は1965年モデル)は、60~70年代を代表する定番玩具だった。同シリーズはマイナーチェンジを繰り返しながら90年代まで販売され続けた。

 

また、戦後復興期の1955年に世界初のラジコンを商品化し、その数年後には笛の音でバスやロケットをコントロールできるソニコン(ソニックコントロール)を発売。技術力もとんでもないレベルなのだ。しかも、「ラジコン」の登録商標を保有しているにもかかわらず、うるさく権利を主張して名称の使用を禁じたりはしない懐の深さも清々しい。

 

テレビが急速に普及した60年代、アニメなどのテレビ番組などと連動した玩具は「マスコミ玩具」(今でいうキャラクター商品)と呼ばれたが、増田屋は一貫して付加価値頼みの「マスコミ玩具」には手を出さず、独自のアイデアと工夫を凝らしたオリジナル商品にこだわってきた。
1968年には「ノックアウトハンマー」(いわゆる「ピコピコハンマー」)を発売し、これがさまざまなテレビ番組で用いられて大ブームとなる。テレビの人気に玩具が追従するのではなく、玩具発信でメディア側に流行をつくってしまうという離れ業もやってのけたのだ。

 

ノックアウトハンマー▲1968年発売の「ノックアウトハンマー」。通称「ピコピコハンマー」として話題になり、60~70年代に大ブームを起こして類似品が市場にあふれた。現在も販売が続くロングセラー。

 

さらに、「ノックアウトハンマー」が現在も販売されるロングセラーであることからもわかる通り、増田屋は商品を長く大切に育てるメーカーでもある。電動動物(電池で動くぬいぐるみ)のシリーズ、「パックリ」シリーズをはじめとする各種「浴玩」(幼児がお風呂で遊ぶ玩具)など、昭和の時代から愛されるロングセラー商品を随時リニューアルしながら堅実に売り続けている。
今回紹介する「モーラー」も、そうしたロングセラーの筆頭であり、しかも同社を代表する大ヒット商品だ。

……しかし、この「モーラー」がモンダイなのである。
ここまで増田屋を思いっきりベタ褒めしてきたが、この「モーラー」こそ、我々世代にとっては忘れたくても忘れられない凶悪な「トラウマ玩具」なのだ!

 

ぱっくりカバとカエル▲こちらも1976年の発売以来、現在も親しまれている浴玩「パックリ」シリーズ。カバやカエルが泳ぎながらエサを追いかけてパクッと食べちゃうギミックでヒット商品となった。これもパクられまくり、類似品が当時の「バスクリン」のオマケにもなっていた。

 

 

「な、な、なんだこりゃ!」とみんなが驚いた衝撃のCM

時は1975年。当時は「子どもタイム」だった夜7~8時の時間帯を中心に、突如、摩訶不思議なCMが流れはじめた。
なにやらオレンジ色のヘビのようなミミズのような生物がニョロニョロと動きまわり、コップのなかからヒョイと顔を出したり、子どもの指の間をスルスルとすり抜けたりしている。それを「わぁ!」という驚きの表情で見つめる家族。
「なんだ、なんだ? こりゃなんのCMなんだ?」と思っていると、女性ナレーターの「変なの! でも、おもしろい!」という無責任な一言とともにCMは終了してしまう。
商品説明はいっさいなく、なにがなんだかわからない。わかったのは、かろうじて「どうやら新しいオモチャらしい」ということだけだ。

70年代は謎めいたオモチャのCMが多かった。「おかしな超物質!」がキャッチフレーズだったトミーの「ミーバー」(1975年)、「不思議な物体!」としてブームを起こしたツクダオリジナルの「スライム」(1978年)、「宇宙のくっつき星人」として売られた「ペッターマン」(1979年)など、「謎」や「未知」をアピールする商品がヒットしていた。しかし、それらに比しても「モーラー」はあまりに謎めいていた。

 

モーラー&コップ▲CMの摩訶不思議な「モーラー」の動きに、当時のちびっ子たちの期待と想像はひたすら膨らんでいった……。

 

当時の友人はCMを見て「あれは改造された“生き物”だ!」と真顔で主張していたのを覚えている。この「改造生物説」があながち「バカバカしい」と思えなかったのは、我々世代は「シーモンキー」(1971年、テンヨーが発売)などによって「未知の生物」が玩具として売られる時代に育っていたからだ。

 

シーモンキー▲手品グッズで知られるテンヨーが1971年に輸入販売した「シーモンキー」。水に粉を入れると極小の「謎の生物」が生まれる…というもの。正体は甲殻類のアルテミア。

 

あのとぼけた顔のヘビが本物の生き物だとは思わなかったものの、筆者もCMを目にするたびに本気で首をひねった。あのヘビはとにかく自在に動くらしいが、どう見ても電池やモーターなどを組み込める構造ではない。ではなぜ動くのか? ゴム動力? 磁石? 静電気? いや、あれはどう見てもやはり生物の動きだ。
あれこれ考えた末、8歳の筆者が出した結論は次のようなものだった。

あのオレンジ色のヘビは袋状になっていて、その内部になにか小さな虫などが入っているのだ。たぶん、ミミズやムカデのようなものだろう。つまり、あれはミミズなどに着せる洋服のようなものなのだ!

「アホか……」と思うかも知れないが、8歳の頭ではこの解釈が限界だった。それほどまでに、あのCMは不可解だったのである。筆者は「中に入れるミミズはセットなのだろうか? もし別売りだったら、自分で探して捕ってこなくてはならないのだろうか?」などということまで本気で考えていたのである。

 

 

そして、その実体は……

親にねだったのか、お小遣いを都合したのか忘れたが、とにかく筆者は購入資金(確か380円だった)を得て、駅前の玩具店で「モーラー」を購入した。値段の安さとパッケージが「ビックリするほど軽い!」ということになんとなく嫌な予感を覚えたが、初代パッケージの全面にデカデカと書かれていた「信じられないことが起こる!」「みんなをびっくりさせちゃおう!」というキャッチコピーを目にして気を取り直す。とにかく大慌てで家に帰ると即座に開封した。いよいよ「モーラー」の謎が解明されるときが来たのである!

 

パッケージ▲現行品の「モーラー」パッケージ。台紙のイラストが多少変わっただけで、発売時のパッケージデザインが現在も踏襲されている。

 

……やはり電池やモーターなどは入っていなかった。
もちろん「改造生物」などではなく、ミミズもセットされていない。
ペラッペラのパッケージから出てきたのは、女子が工作などで使うモールのきれっぱしと、釣り糸が一本。それだけ。ほかにはなんにもない……。

なんじゃ、こりゃあーっ!!!

 

モーラー本体▲中に入っていたのはケバケバのモールと釣り糸一本のみ! 「衝撃の事実」に多くの昭和っ子が我が目を疑った!

 

要するに、この「不思議な生物」は、「動く」のではなく「動かす」のである。しかも、あろうことか原始的な釣り糸による操作だ。「ビックリ」できるのは買った本人ではなく、それを眺める他人なのである。動かしてる方はおもしろくもなんともない。そのうえ、ちょっとやってみてもCMのようには動かせない。「信じられないことが起こる!」と思わせるほど上手に動かすには、それなりの練習が必要らしいのだ……。

発売当初、同じくらいの年齢で「モーラー」を購入した人であれば絶対に共感していただけると思う。このときの筆者の正直な気持ちをごく端的に表現すれば、次のようになる。

金返せ、バカ野郎ーっ!!!

我々世代は、それまでにも駄玩具や縁日の怪しげなオモチャにさんざんだまされてきた。それにはすっかり慣れており、腹も立たない。だまされる方が悪いのだ。
しかし、まさか大々的にテレビCMを打つようなメジャー玩具が、こんな文字通りの「子どもだまし」をやらかすとは夢にも思わなかった。
冗談抜きで、このときに筆者は固く心に誓ったのだ。「もう大人なんて信じない!」と。

 

パッケージ裏の説明書き▲パッケージ裏の説明書き。「釣り糸で操作する」というミもフタもない内容に子どもたちの夢はアッサリと砕かれた。

 

 

それでもやっぱり「傑作玩具」なのだ!

しかし、今になって思えば「モーラー」に罪はない。それを販売した増田屋にも罪はないのである。
この商品に落胆したのは、ひとえに当時の筆者世代が「対象年齢より幼かった」というだけのことなのだ。当時8歳だった我々が、9歳、あるいは10歳であるなら、あのCMを見て「改造生物だ!」などとバカなことは考えなかっただろうし、もう少し正しく「モーラー」の楽しさを認識できたと思う(当時は玩具に対象年齢を表示する慣習はなかったが、現行品のパッケージには「対象年齢7歳以上」となっている。7歳にはちょっと難しいんじゃないかなぁ?)。

 

もともと「モーラー」(この商品名は後に増田屋によって命名されたが)は1972年、オーストラリアのペシカルスキーなる人物によって開発された。
1975年にドイツで行われたトイショー会場で、当時の増田屋社長はペシカルスキー氏によるデモンストレーションを目にする。「おもしろい!」と感激し、氏と契約を交わして日本に持ち帰ったのだという。
シンプルな構造の「ヘビ型マリオネット」の動きを初めて見た社長は、おそらく我々があのCMを見たときのような「な、な、なんだこりゃ!」という驚きを覚えたのだろう。

「モーラー」は要するに「手品セット」のようなものなのである。同時にびっくり箱やカメラ型水鉄砲などの「ジョークトイ」の一種でもあり、さらにはトレーニングを積むことでさまざまなワザを楽しめるヨーヨーやケン玉的な要素もある。つまり、練習を重ねていろいろな操作方法を習得し、それを友人や家族の前で披露して、みんなを「あっ!」と言わせて楽しむおもちゃなのだ。
あの謎めいたCMでは、こうしたコンセプトは8歳の子どもにはちょっと複雑過ぎて、まったく伝わらなかった。

 

 

操作▲「モーラー」の鼻先から伸びた釣り糸の先を、自分が着ている洋服などに結び付ける。この状態で「モーラー」を握った手を前後に動かすと、あたかも「モーラー」が手のひらや指の間をスルスルと動き回っているように見える。

 

現に、モーラーは大ヒットを記録し、ブームを巻き起こした。小学校高学年あたりから上の世代には、大人に至るまでも、大いにウケまくったようだ。資料によれば、発売から2カ月で180万個を売り上げたという。

すっかり落胆させられていた僕も、当時のブームの状況はよく覚えている。
例によってパチモンの「モーラー」がガチャガチャで販売され、人気を博した。100円のコスモス製ガチャガチャで売られたほか(コスモス製はモロに「モーラー」という商品名で堂々と販売された)、20円ガチャではミニサイズ「モーラー」も売られていた。失念したが、こっちは「ニョロニョロくん」とかなんとか、いい加減な名前が付いていたはずだ。

また、特筆すべきは、その後に駄菓子屋を中心に流通しはじめたパチモン「モーラー」、その名も「つちのこ」は、なんと現在も現役でシレッと販売されている。正規品に乗じたパチモンまでが、同じく超ロングセラー商品になってしまっているのだ。

 

つちのこ▲主に駄菓子屋や縁日の屋台で売られた類似品の「つちのこ」。

 

つちのこ

▲類似品というより、正々堂々(?)と細部までパクッた完全なコピー商品である。100円程度で売られるため、もちろんデキは粗く、本体も若干小さい。

 

本物はオレンジ1色だったが、パチモン類にはさまざまなカラーバリエーションがあった。当時は「増田屋も色数を増やせばいいのに」と思っていたが、今に至るまで同社は一貫してオレンジのみで通している。このあたり、「本物がニセモノのマネなどできるか!」という、王道を歩み続けてきた老舗優良企業の意地を感じさせなくもない。

当時、「金返せ!」と怒り狂った我々世代も、すっかり大人になった今なら「モーラー」の魅力を正しく理解できるはずだ。過去の被害者意識はキレイに水に流して、久しぶりに「モーラー」を手にしてみるのも一興である。パッケージのデザイン以外は、今もまったく変わっていない。当時は憎らしく感じたあの「つながり目玉」のシールも、あのころのままだ。そして実際、ちょっと遊んでみると、これが意外に楽しいのである。「やはり傑作玩具なんだ」ということがシミジミと実感できるはずだ。

念のために言っておくが、買うならもちろん正規品を。ニセモノは遊んでいるうちにケバケバが抜けてきて、耐久性に難ありなのである。

 

モーラーのつながり目玉▲「モーラー」本体のデザインは40年以上に渡っていっさい変更なし。この独特のトボけた表情も、僕らが「金返せーっ!」と叫んだあの日からまったく変わっていない。

 

【予告】次回は「カレッジエース」(クローバー)!!
次回のテーマは、「ガンダム」や「ザブングル」などの「合金玩具」で知られたメーカー、クローバーが70年代後半に発売した「カレッジエース」です。当時のアメリカンフットボールブームと「超合金」ブームの両方に便乗し、なぜか全米大学アメフトリーグの選手を「合金玩具」化。まったく「意味不明」だったこの「迷品」誕生の背景や、大勘違いに満ちた企画意図などに迫ります!
※次回は7月中旬に公開予定です。

 

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●筆者:初見健一
1967年、東京都渋谷区生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。
主に1960~1980年代の玩具やお菓子、キッズカルチャーなどの話題を専門に執筆を続ける昭和レトロ系ライター。主な著書に『まだある。』シリーズ(大空出版)、『ぼくらの昭和オカルト大百科』(大空出版)、『昭和ちびっこ未来画報』『昭和ちびっこ怪奇画報』(青幻舎)などがある。

 

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