マジンガーZの敗北、そして新ヒーロー登場。衝撃の連続!!――「マジンガーZ対暗黒大将軍」五十嵐浩司のお蔵出し第3回

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このコラムは、アニメーション研究家・五十嵐浩司が30年以上に渡って集めてきた、オモチャやプラモデル、そのほかキャラクターグッズについて書いていくという連載です。

 

※バックナンバーも併せてご覧ください。

 

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青天の霹靂――わざと大げさに言っているわけではありません。まさしくそう感じた瞬間でした。

 

「テレビマガジン」1974年7月号に掲載されていた次号予告ページ、しかもカラー2ページを費やして載っていた“それ”に自分は大きな衝撃を受けました。その記事こそ、1974年7月25日公開の映画『マジンガーZ対暗黒大将軍』の告知だったのです。

 

『マジンガーZ』のテレビアニメは1972年12月から放送が開始されました。番組が始まった時はまだ「ロボットアニメ」というジャンルがなかったので、企画書では「SF超スペクタクル・アニメーション」と呼ばれています。青森県では青森放送が土曜日の17時から放送していて、自分はすぐ夢中になってしまいました。

 

当時は『仮面ライダーV3』や『ウルトラマンA』、そのほかにもテレビからヒーローや怪獣が続々と送り出されていましたが、今にして思えば『マジンガーZ』は抜きん出ていたのです。特にロケットパンチ、光子力ビーム、ブレストファイヤーなどのビジュアルとして表現された超兵器の数々は、他のヒーローでは見られない迫力に満ちていました。

 

その頃5、6歳だった自分にとって、マジンガーZは何よりも強くてカッコイイ存在でした。しかも、強くてカッコイイロボットとの蜜月は長かったのです。何しろ、テレビアニメ『マジンガーZ』は最終的に全92話の大ロングランとなったのですから。

 

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▲講談社「テレビマガジン増刊 マジンガーZ大百科号」。当時売れに売れた一冊で、10万部以上をすぐに完売したという。筆者もリアルタイムでは書店で目にすることはなかった。一冊まるごとマジンガーZという雑誌のインパクトは今もなお大きい。

 

アニメの中のマジンガーZは敵と戦い、時には絶体絶命のピンチに陥りながらも最後は爽快に勝利します。その姿に自分を含む日本中の子どもは毎週シビれていたはず。そこへ降って湧いたのが、最初に語った“青天の霹靂”でした。「テレビマガジン」の次回予告に繰り広げられていたものは、それほど想像もつかない光景だったのです。

 

その時、目に飛び込んだ光景は大勢の敵に取り囲まれ、全身がメチャメチャに傷ついたマジンガーZの姿です。もう何が起こっているのかわからないほどの驚きでした。『マジンガーZ』を見続けて1年半以上。絶対に負けないマジンガーZを「強くてカッコイイ」と思っていた自分にとって、それはあまりに残酷だったのです。

 

マジンガーZを攻撃するのは、見たことのない異形の敵集団でした。それまで戦っていた機械獣は、ひと目でロボットとわかるデザインだったからです。そこにも得体の知れない怖さがありました。見出しには「7大獣軍団をひきいる暗黒大将軍」と記されています。マジンガーZはこれらの敵に抑えつけられ、ボディは傷だらけとなり、腹にはヤリを突き刺されている――これまでとまったくレベルの違った絶体絶命!! そして右上にはやっぱり見たこともない「正義の超ロボット」のシルエットが……。これらの情報の洪水を受けた時の記憶は、42年経った今でも忘れ難いものがあります。

 

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▲ 朝日ソノラマ「ソノラマエース・パピィシリーズ マジンガーZ対暗黒大将軍」。映画公開に合わせて発売された、ミニドラマ入りのソノシート。当時、『グレートマジンガー』のレコードを買いに行った時、店員さんが見つけてくれたのがコッチだった。今にして思えば「グッジョブ!」としか言いようがありません。

 

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▲「パピィシリーズ」のジャケット中面に収められた画報。絶体絶命のマジンガーZ!! 映画と遜色のない大迫力の作画は、『暗黒大将軍』の作画監督を務めた、角田紘一氏が関わっているものと推測される。

 

そして、悶々と一ヶ月間待ち続けて、やっと発売された「テレビマガジン」1974年8月号。表紙には「グレートマジンガー大登場!」の文字が大きく配置されています。なんとそこには新しいマジンガーの姿があったのでした。メチャメチャに傷ついたマジンガーZ、そして第2のマジンガー・グレートマジンガー。衝撃の二重奏がダブルライダーキックのごとく炸裂して……。
あんなに長い間、マジンガーZを応援し続けた自分ですが、グレートマジンガーにはすぐに夢中になってしまいました(こればっかり)。そこにはグレートマジンガーが、マジンガーZを鋭角にすることでバージョンアップを表現するというアイディアも良い方に作用していたと思います。一目見て、“強くなったマジンガーZ”だとわかるのですから。

 

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▲ 講談社「テレビマガジン」1974年8月号。表紙のほとんどをグレートマジンガーが占めていることがわかる。発売日は7月1日で、映画公開前だが、10ページ以上のカラーを費やしてラストシーンまで紹介している。そこまでネタバレされても『マジンガーZ対暗黒大将軍』は見たくなる映画だった。

 

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▲徳間書店「増刊テレビランド 5人ライダーとマジンガーのすべて」。「マジンガーZ大百科号」と同時に発売されており、1974年7月当時に自分が買ったのはコッチだった。こちらは同時上映作品『5人ライダー対キングダーク』とカップリング。タカラのSF玩具「ミクロマン」のプレビュー記事も載っている。

 

今にして思えば、自分は新番組『グレートマジンガー』のプロモーションにまんまと乗せられていたのです。とはいえ、ここまでインパクトのある交代劇もなかなか見られません。
後番組の主役が最終回に登場するシチュエーションは『オバケのQ太郎』の初代テレビシリーズや『宇宙刑事ギャバン』でも描かれていました。前者はパーマン、後者は宇宙刑事シャリバンが登場し、絶体絶命のオバQやギャバンを救うのです。しかし、マジンガーZの場合は、視聴者の許容範囲を軽く超えるレベルの絶体絶命でした。それだけに今も頭の中から消えることがないのでしょう。

 

プロフィール

いがらし・こうじ。1968年、青森県生まれ。1992年よりフリー編集者およびルポライターとして活動中。主なジャンルはアニメーション、特撮、トイやプラモデルのホビー関連。2015年には、アニメーション研究家として「メカニックデザイナー大河原邦男展」の監修を担当している。近作は『スーパー戦隊Walker』『アクティヴレイド -機動強襲室第八係-』(BD解説書)の編集など。

 

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