「無知だったのがすごく幸いした」パンクブーブー佐藤とサクライ総統が大河原邦男直撃インタビュー!!第2回【ターニングポイントについて】

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ニコ生「突撃!電ホビステーション」の企画で、大河原邦男先生に直撃インタビューを敢行した、パンクブーブー・佐藤哲夫さんとプロモデラー・サクライ総統。とても貴重なお話をたくさん聞けたので、電撃ホビーウェブでも公開しちゃいます!! 全6回のスペシャルインタビュー、第2回は大河原先生のターニングポイントについてです!! またインタビューの模様は、「電撃ホビー.ch」会員限定で動画でも公開中なので、ぜひこちらもチェックしてみてください!

 

※バックナンバーもあわせてご覧ください。

 

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パンクブーブー佐藤哲夫(以下、佐藤):それぞれ全てに思い入れがあるとは思いますが、ターニングポイントとなった仕事をひとつ挙げるとどの作品、またはどのデザインですか?

 

大河原邦男(以下、大河原):作品としては多分『ヤッターマン』(※)になると思います。私は1972年にタツノコプロ(※)に入りまして、最初の作品が『ガッチャマン』でした。『ガッチャマン』のメカデザイン担当ということで、『ガッチャマン』が終わったら背景の練習に戻るという話で、この仕事に就いたんです。ですが、『ガッチャマン』の次が『破裏拳ポリマー』(※)『テッカマン』(※)『ゴーダム』(※)とメカものの作品が続き、ハードな作品を多く担当しました。

 

そんな中で上司から「こういう作品もやってみない?」と誘われてやったのが『ヤッターマン』でした。それも105本、2年間続いたのでギャグというのはこういうメカなんだなということを学ぶことができました。『ヤッターマン』をやっていなかったらずっとシリアスものが続いたと思うんですけど、この時期にギャグものを担当できたことで、ジャンルを問わずに作品に参加しようという意識になりました。これが私の44年間で一番大きなターニングポイントになったんじゃないかと思います。

 

佐藤:大河原先生の作品ってすごい幅広いですもんね!

 

大河原:要は面白がりやなんですよね。仕事がきたらそこでそれなりに楽しめるんです。基本的には食えればいいと思っていまして……。アニメとか漫画が好きでこの業界に入ってる人は、もっとこだわりがあってそんな生き方は許されないかもしれないですけど、私はたまたまこの業界に入ったので、そういう部分ではジャンルとか関係なかったですね。

 

佐藤:たまたまというのは、どういうきっかけだったんですか?

 

大河原:私は大学でテキスタイルデザインを学んでいて、その後アパレル系に就職しました。そこを辞めて、2つめ会社がベビー・子ども服の会社で、そこで知り合った人と結婚することになったんですが、夫婦で同じ会社にいるのが嫌だったので、私が会社を辞めたんです。ただ、もう結婚式が決まっていたんですよ。結婚式に無職というのは仲人さんにも申し訳ないし、私が晒し者になるのも嫌だったので、なんでもいいやということで、仕事を探していた時に、新聞の求人欄でタツノコプロに入ったんです。ちょっと面白いかなと思いまして。

 

佐藤:それは意外ですね。

 

大河原:入ったらたまたま『ガッチャマン』という作品のオンエアーが決まっていたので、新入社員だから「こんなの興味ない?」と上司から言われて、クレジットを用意してもらったんです。メカデザインというパズルのピースが空いていて、そこに私の上司の中村さんが入れてくれたという感じです。それから45年になりますけど、ずっとメカデザインをやってるということですね。

 

佐藤:その新聞の折込あって良かったですよね。

 

サクライ総統(以下、サクライ):全てがそこに繋がりますよね。

 

大河原:でもひとつ難関がありまして……。応募したのが3名でした。その当時24歳だったんですけど、車の免許を持ってると制作進行に配属されがちと言われていました。それで面接官が吉田竜夫ファミリー3兄弟と面接して、「美大出身だったら美術系の部署に行きなさい」と言ってくれまして……。もし進行に配属されていたらあんまり面白くなかったのかもしれないですね。

 

佐藤:それはビックリですね。僕たちからしてみると、大河原先生って子どもの頃からずっとメカニックデザイナーになるべくしてなられた方だと思っていたので。それが結構偶然の積み重ねみたいな……。

 

大河原:偶然というか、そういうところに導かれるというのはあるんだと思います。

 

佐藤:そうですよね。大河原先生がやらないと神様も納得しないところがありますよね(笑)。僕らからしたらもう大河原先生が神様ですから。

 

大河原:アニメや漫画に興味がなかったので、当然アニメの制作に関しても無知でした。当時上司から『ガッチャマン』のメインはできていたので他をやってみない?と言われ、自分なりにやってしまったんですよね。アニメというのはアニメーターが動かしてなんぼなもので、私はそれを知らないからかなり緻密なデザインにしてしまいました。普通だったらそれを「線が多いから減らせ」とか言われるんですけど、たまたま監督の鳥海永行(※)さんの処女作が『ガッチャマン』だったのでアニメーターに動かせって言ったんでしょうね。1972年の10月放映で、いきなりTVシリーズのメカデザインのクオリティが上がってしまったんですよ。他のプロダクションだとまだちょっと漫画チックだったんですけど、『ガッチャマン』がいきなりそういうのを動かしちゃったんです。それも105本続きました。それでかなり定着しちゃったんだと思うんですよね。私が無知だったのがすごく幸いしたというか(笑)。

 

佐藤:そこで泣いた人たちもいっぱいいるでしょうね(笑)。

 

大河原:アニメーターの世界というのはワンカットの生活ですから大変だと思うんですよね。

 

 

※ヤッターマン…『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』は1977年~1979年に放映していたタツノコプロ制作のSFギャグアニメ。
※タツノコプロ…1962年に設立したアニメ制作会社。『科学忍者隊ガッチャマン』『タイムボカン』等を手がける。大河原邦男は1971年~1975年に所属し、メカニックデザイナーとして活躍する。
※破裏拳ポリマー…『破裏拳ポリマー』は1974年~1975年に放映していたタツノコプロ制作のSFヒーローアクションアニメ。
※テッカマン…『宇宙の騎士テッカマン』は1975年に放映されたタツノコプロ制作のSFヒーローアクションアニメ。
※ゴーダム…『ゴワッパー5 ゴーダム』は1976年に放映されたタツノコプロ制作のロボットアニメ。
※鳥海永行…アニメーション監督、小説家。タツノコプロ、スタジオぴえろを経てフリーとして活躍した。代表作は『科学忍者隊ガッチャマン』『ニルスのふしぎな旅』等。

 


 

以上、大河原邦男直撃インタビュー【ターニングポイント】でした。次回は、【ガンプラの未来】についてお届けします!!

 

 

DATA

突撃!電ホビステーション

※番組内容は変更になる場合があります。

 

●「突撃!電ホビステーション」とは

電撃ホビーウェブ編集部が毎月1回ニコニコ生放送でお届けする、ホビー総合バラエティ番組(毎月下旬頃に放送)。プラモデルやフィギュア、おもちゃ、イベント情報などのホットな話題をお届けします。番組MCは、プラモ好きとして知られるパンクブーブーの佐藤哲夫さん(吉本プラモデル部)。アシスタントは声優の大和田仁美さん&長江里加さん。解説や実演をプロモデラーのサクライ総統が行っています。

 

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(C)創通・サンライズ


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