『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第38話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第38話

 

ブローザン・ヒルに突然現れた碑文が何を意味しているか。

その意味するところはもちろん重大だ。

だが、碑文そのものは一人歩きはしない。碑文を己の管理下に置き、碑文の意味するところを理解し、いち早くそれを独占できれば、それは“神の意を受けた”も同然と考えるのが支配者の論理である。

中でもタブタブレイ・ニプニィー聯武国とヴァンバララッサ天授王国は神の支持を熱烈に求めた。

なぜならタブタブレイ・ニプニィー聯武国の権力基盤は軍事すなわち暴力的カリスマであるガラーヤン大佐のキャラクターにのみ依存している。ここはどうしても神意の後押しと言うものが欲しい所である。そして、ヴァンバララッサ天授王国の政治権力は国教によって天意を受けたことに由来するが、長らく続いた世襲政権の結果国威は低迷し錆びついて久しい。改めて神の後押しが欲しい所である。

――さて、

「メッタリア。あなたの力を貸してほしい」

ジュモーラン大尉がチャイルドの部屋を訪れた。大尉はチャイルドともルーとも言わなかった。

「私に、なにを?」

大尉は要点を押さえブローザン・ヒルに出現した碑文とその碑文の重要性を訴えた。

「ブローザン・ヒルの実効支配だけであれば軍人である私にも可能であるかもしれないが、それでは目的の半分も満たされない。最大の目的は碑文の意味するところ、つまりは神の御意志を知ること、それこそが最重要で最優先されるべきこと。故にメッタリアの力が必要となります」

「私にその力があると?」

チャイルドの言葉に大尉の顔が崩れた。

「ハハハハハ、ですな。ハハハハハ、実は私もそれが知りたい」

大尉は笑みを残したままに言葉を続けた。

「白状しますとな、私、エスエスラゼ・ジュモーランという男には、何と言いますか秘密というか謎というか、裏と言うものがない。何、隠し事はありますよ。他人に言いたくない知られたくないってことは少なからずあります。だがそれは自分では承知していることで、謎でも秘密でも裏でもない。具体的に言うなら、父が誰で母が誰で、何年何月何日何時ごろに生まれ、およそどんな能力があるか。家柄も遡ろうとすれば数代前まで遡れます。私の名はエスエスラゼ・ジュモーランといいますが、このあたりの言葉でジュモーランの名に忠節であれとでも言った意味合いです。ちなみにジュモーランは鳥の名、山鳥の名です。フフフフフ」

大尉の顔にはまだ微かに笑みが残っていた。

「まあ、私の正体はスッカラカンに分かっている。詰まらんものです。そこへいくと貴方だ。貴方はどこの誰で何者か、チャイルドはコードネーム、ルーは呼び名、メッタリアも行き掛かり上の自称に近い。だが一方、ギルガメスもバララントもこうも言っている。貴方はアストラギウス銀河を統べる神の後継者かもしれない、と……」

「……」

「私の推測するところ、畏れ多くも推測するところ、貴方自身そのことが分かっておられない。つまりは知りたい、自分が何者か、何をなすべきなのか、一番知りたいのは自分自身なのだ、と……」

「何もかもお見通しなんだね大尉は。で、私は何をすればいい?」

「結構! 決断に迷いがない」

大尉は満足そうに頷き、笑みの残った顔で付け加えた。

「貴方に機甲擲弾兵を一個中隊お預けします。好きなようにお使いください」

「機甲擲弾兵、AT部隊ということ?」

「貴方はATを操らせても完璧と聞いております」

「それはシュミレーターによるものだ」

「実機も大差ありませんよ。ことにあなたであれば。むろん作戦には私も同行いたしますが、私はATの扱いは不慣れです」

チャイルドの脳裏を『もう乗るな』と言ったキリコの顔が浮かんだが、

「機種は?」

「ATM―09―STC」

「ドッグ系だな。実機が見たい」

ATの誘惑がキリコの言葉をどこかへ押しやった。

ジュモーラン大尉に案内された格納庫にそれは在った。

「この装甲は?」

機体前面にごつい強化装甲が目立った。

「武装デモ鎮圧用に特化されています。なにせ国内は治安不安定ですから」

「ん!?」

チャイルドは機体に一切の部隊や軍籍の表示が無いのに気が付いた。

「ハハハハハ、気が付かれましたか」

大尉はあっさりと白状した。

「今回の作戦は公式のものではないんですよ。なんせブローザン・ヒルは五か国の不可侵条約の象徴的場所でありますから正式には軍は動かせません。ま、内緒にということです。問題になったら一部跳ね上がり分子の仕業ということで、ハハハハハ、らしいものは全部取っ払ってしまいました」

一部跳ね上がり分子の仕業とはずいぶんな言い草ではあったが、

「なるほど」

その辺りのことはチャイルドの拘るところではなかった。

――その頃、

「双剣の薔薇、いよいよそなたの出番だ」

ヴァンバララッサ天授王国の近衛機甲師団でも動きがあった。

プルルクル・プルサン宰相の前に片膝ついて控えているのは、年の頃なら十六か七、まだ少女の面影を残すそのしなやかな肢体が身にまとうのは必要最小限と思われる布切れではあるが、要所要所にはATと繋がる機能が施されていた。

「作戦の目的はブローザン・ヒルの実効支配。なかんずく…」

「ヒル中央の碑文の確保」

少女の瞳が使命感に燃えた。

「その通りだ。だが念を押しておくが、この作戦はヴァンバララッサ天授王国がオーソライズするものではないということだ。あのブローザン・ヒルは周辺五か国の不可侵の象徴だ。国家の意思として軍を動かしたとあれば他の四か国を敵に回すことになる。だが、ただ手をこまねいて見ているわけにもいかぬ。なぜならばメッタリアがタブタブレイ・ニプニィー聯武国の手にある。神の御意志が聯武国に偏るとなれば騒乱のもとともなろう」

「お任せください。我と我がベルゼルガはそのためにここにあります」

言って少女は小脇に抱えたヘルメットを己の頭上顔面に装着し立ち上がった。

「頼もしきかな双剣の薔薇!」

プルルクル・プルサン宰相の見守る先で少女は愛機へと搭乗した。

双剣の薔薇と呼ばれるこの少女はクエント人傭兵である。歴史の起源をたどるのも困難なクエント文明は永い年月の中に凝結し停滞し、いつの間にかその主要産業を傭兵に頼っている。老いも若きも男女も区別なく他の惑星の紛争を求めてATの愛機を駆る。その持ちうるところは多く手工芸品にもたとえられるカスタムATで一般にベルゼルガと総称された。彼女の愛機はATH―Q88ベルゼルガ・ダブルソード。両腕に装着した巨大な刃がその名の由来であった。

彼女に付き従うは天授王国近衛機甲師団からの選りすぐりの10機。機体はバララント製のB・ATM―03―GSファッティー、陸戦専用機である。

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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