70年代っ子たちを熱狂させた「小さな巨人 ミクロマン」【連載:懐かし玩具アーカイブス】
大ブームを起こしたアイテムから知られざる駄玩具まで、かつて昭和っ子たちを夢中にさせた「懐かし玩具」を、昭和キッズカルチャーをこよなく愛するレトロ系ライターが紹介する連載企画。第1回のテーマは70年代のド定番、タカラSF玩具史に燦然(さんぜん)と輝く「小さな巨人 ミクロマン」だっ!
「小さな巨人 ミクロマン」とは?
当時の子どもたちにとって「ミクロマン」という玩具がどれほど画期的だったかを理解してもらうためにも、ちょっとまどろっこしいが、まずはその「前史」から語ってみよう……。
今でこそフィギュアといえば夢中になるのは主に男子だが、その昔、「お人形遊び」はあくまで女児たちのものだった。この状況が一変するのが1960年代。怪獣ソフビ人形が大ブームとなり、玩具業界に一種の「怪獣バブル」が起こった時代だ。これによって男の子たちの世界にも人形を使った「ごっこ遊び」や、人形のコレクションが大流行しはじめる。
ブルマァクなどから大量に発売された素朴な造形のソフビ人形。フィギュアの歴史はここからはじまった。
※ブルマァク:円谷プロとともに怪獣ブームの火付け役となった玩具メーカー
そして1972年、タカラ(現タカラトミー)より「人形の革命」とも呼べる画期的な商品が発売される。それが「変身サイボーグ1号」だ。全身の関節が可動する12インチサイズの人形本体と「変身」(着せ替え)用コスチューム、各種武器、敵役などのサブキャラ人形で構成されるシステマチックな玩具のシリーズで、企画コンセプトとしては大ヒットしていた「リカちゃん」シリーズをそのまま男児玩具に応用したもの。いわば「男の子向け着せ替え人形」だった。これによって、今でいうアクションフィギュアの時代が本格的に到来する(実はそれ以前にも米ハズブロ社で開発され、タカラが国内販売した「GIジョー」があるのだが、話が長くなるので省略!)。
未来感に満ちた画期的なデザインと構造を持っていた「変身サイボーグ1号」。別売りコスチュームによって、さまざまな特撮ヒーローやアニメキャラに「変身」可能!(画像は当時のカタログより)。
「ミクロマン」世代の我々は幼児のころに「変身サイボーグ」の洗礼を受けて誰もが夢中になったが、このシリーズは各アイテムがとにかく高価だった。人形本体は約1,000円、コスチューム類が700円前後、大人気の「サイボーグライダー」(専用バイク)に至ってはセットで5,000円超。とてもじゃないが小さな子がコレクションするなど不可能で、誕生日やクリスマスに買ってもらう「特別な玩具」だった。
そして1974年、タカラは「変身サーボーグ1号」を1/3にダウンサイジングし、「小さな巨人」というキャッチコピーを冠した新たなシリーズ 「ミクロマン」を発売する。「変身サイボーグ1号」同様、アニメなどの原作に依存しない完全オリジナルのフィギュアで、同じく未来的でメカニックな透明ボディーを採用。小さいながらも各関節が可動し、当時は大人が見てもその「精密さ」に驚いてしまうデキだった。そして、価格は人形本体のみならわずか450円!
これこそ、まさに我々70年代っ子たちが待ち望んでいた新時代のフィギュアだった。
「ミクロマン」の多様な魅力
「ミクロマン」はシリーズごとに意匠が凝らされた人形本体、さまざまなギミックを搭載した多種多様なビークル(乗りもの)、そしてシリーズ中では最も高価な商品である基地などのアイテムによって構成される。「変身サイボーグ1号」にあった「変身」(着せ替え)要素はなくなったが、ダウンサイジング化で各種アイテムが手軽に収集しやすく、男の子の「人形遊び」の世界は一気に広がった。
3,000円程度で売られた基地シリーズを所有する子はさすがに限られたが、当時の子どもたちの間では、基地を持ってる「金持ちの子」の家に近所の子どもたちが各自の「ミクロマン」を持って集まる……という遊び方がよくあるパターンだったと思う。
それぞれの子どもの嗜好や経済状況によって、人形本体ばかりを集めるヤツ、ビークル好きのヤツ、新しい基地が出るたびに買ってもらえる「スネ夫」みたいなヤツなど、コレクションの傾向に違いがある。それぞれのコレクションを持ち寄り、貸し借りしながら共有することによって、「ミクロマン」世界のプレイバリューは無限に拡大した。しかし、「ミクロマン」の魅力の本質は、やはり各世代ごとにユニークなデザインを持つ人形本体にあったと思う。
「変身サイボーグ1号」のタッチをそのまま継承した初代シリーズにはじまり、金属ボディーを採用したり、磁石で着脱できる球体関節を使った「マグネモ」システムを取り入れたりと、70年代後半までのタカラの企画力・デザイン力は今見ても本当にスゴい。当時の子どもたちは、新シリーズが登場するたびに心をワシづかみにされてしまったのだ。
初代シリーズ「M101」。1974年発売。「変身サイボーグ1号」のデザインを思わせる透明ボディーを採用、4種のカラーで登場。人形単体のほか、各種ビーグルとのセットでも販売された。
「M111」シリーズ。1975年発売。その後の「ミクロマン」のデザインを決定づけたカラフルなシリーズ。
「M121」シリーズ。1975年発売。初期「ミクロマン」では一番人気を誇るモデル。パンタロン風のスタイルが印象的だった。
※パンタロン:当時流行した裾が広がったデザインのズボンのこと
「ミクロマンコマンド」シリーズ。1977年発売。モアイ、ツタンカーメン像、遮光器土偶などのカプセルが付属。当時のオカルトブームのなかで話題になった「古代遺跡は宇宙人がつくった!」という説を取り入れたコンセプト。
シリーズ初の女性「ミクロマン」として登場した「レディコマンド」。1977年発売。こちらも古代遺跡モチーフの「コマンド」シリーズだが、付属するのは自由の女神型カプセル。発売当時、多くの子が「自由の女神は古代遺跡じゃないゾ!」とツッコミを入れた。
「フードマン」を馬鹿にするなっ!
さて、今回「ミクロマン」を語るにあたって、筆者がどうしても特筆しておきたいのが、1978年に発売された問題作「フードマン」についてである。
これは上半身を覆う着脱可能なフードが特徴の「ミクロマン」なのだが、なぜか当時から不人気で、現在も「『ミクロマン』の衰退は『フードマン』からはじまった」とか、「『フードマン』以降、『ミクロマン』は迷走をはじめた」みたいに語られることが多い。
「ミクロフードマン」シリーズ。1978年から79年にかけて販売された。
だが、筆者自身は「フードマン」こそ歴代「ミクロマン」の最高峰だと思う。いや、「変身サイボーグ1号」以降、タカラSF玩具シリーズが目指し続けた「未来的デザイン」が、もっとも色濃く反映されているアイテムが「フードマン」だと思うのだ。
発売当初、周囲の友人たちはひどくシラけていたが、筆者だけは「カ、カ、カッコいいっ!」と大興奮していた。
不人気の理由としては……
・本体が通常の「ミクロマン」よりひとまわり小さい
・顔がオッサンくさい
・輪ゴム動力の専用ビークルが貧乏くさい
……などがよくあげられる。
人形本体は通常の「ミクロマン」よりひとまわり小さく、ウイング付きのフードをはずすと確かにちょっと貧弱……?
「フードマン」が発売された70年代なかばから後半にかけては、73年の第1次オイルショックの余波で「省エネ」という言葉が流行した時代だった。玩具業界でもプラスチックなどの原料を節約することが提唱され、電気やガソリンを使わないレジャーとして「フィールドアスレチック」が全国的なブームとなっていたのである。
「フードマン」の本体の小ささや、専用ビークルが骨組みだけの「割り箸細工」みたいなショボいデザインで、なぜか輪ゴムで動く仕様になっていたのも、そうした時代の影響があったのだろう。
しかし、あの未来的なフードはやはり画期的なアイデアだし、「オッサンくさい」と称される顔も、「ミクロマン」史上、初めて肌色に着色されたという意味では挑戦的なデザインである。
顔が肌色に塗り分けられた「ミクロマン」史上初の仕様。「オッサンくさい」と称されることが多い。
確かに「フードマン」発売前後から、「ミクロマン」の世界は少々ブレはじめ、らしからぬギミックを搭載したものや、妙にコミカルなもの、完全にギャグ志向のもの(「アクべー」「ワルベー」「ユニーカー軍団」など)が増えたりして、徐々に散漫なものになっていく。
しかし、それはシリーズの衰退というより、80年代という「多様化」と「ファンシー」をキーワードとする時代の到来を予感させるものだったのだろう。
筆者は今も、70年代タカラが当時の男の子たちに提示し続けた「SF玩具」というコンセプトは、「フードマン」のデザインに集約されていると確信している。1970年の大阪万博以降、昭和の国産男児玩具は「未来と科学」のイメージをひたすら追求してきた。そうした「70年代的SF観」のひとつの到達点こそ、この「フードマン」なのである!(いや、ちょっとホメ過ぎかな?)
「ミクロマン」はコミカライズされ、小学館や講談社の学年誌・児童雑誌などに掲載された。写真は「テレビマガジン」(講談社)に1976年より連載された作品(原作:響わたる/作画:森藤よしひろ)をまとめた『ミクロマン 完全版』(ミリオン出版)。
『ミクロマン 完全版』第2巻のカバー裏にも「フードマン」の勇姿が!
【予告】次回は「スーパーカー消しゴム」!
次回のテーマは「激アツ! スーパーカー消しゴム」です。70年代後半に盛り上がった「スーパーカーブーム」を背景に、昭和ガチャガチャ史上、最大のヒット商品となった「スーパーカー消しゴム」。連日教室で繰り広げられる「賭けバトル」に挑み続けた70年代っ子たちの「仁義なき戦い」をご紹介!
※次回は5月中旬公開予定
●こちらの紹介アイテムもチェック!
>>スーパーカー消しゴム<<
>>ミクロマン<<
>>モーラー<<
>>カレッジエース<<
●筆者:初見健一
1967年、東京都渋谷区生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。
主に1960~1980年代の玩具やお菓子、キッズカルチャーなどの話題を専門に執筆を続ける昭和レトロ系ライター。主な著書に『まだある。』シリーズ(大空出版)、『ぼくらの昭和オカルト大百科』(大空出版)、『昭和ちびっこ未来画報』『昭和ちびっこ怪奇画報』(青幻舎)などがある。
関連情報
©TOMY © 円谷プロ