『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第1話

更新日:2020年10月8日 21:38

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第1話

 

〈たしかに俺は約束した、神の子を育てると……〉

 

意識は、ゆっくり……これ以上なくゆっくりと戻った。意識の戻りと同期するように視力も戻ってきた。モノクロームのモヤのようなカスミが薄れ視界が明瞭になる。眼球を左右に動かす、首は動かない。

 

(なんだ……どこだ……)

 

視線の及ぶ範囲に目立ったものは無い。ひどく殺風景の天井と壁のようなものが認識された。

 

……やがて手足にも感覚が戻る。どうやら体は横に、それもあお向けに寝ている状態らしい。四肢を動かし身体を起こそうと試みるが五体に力が入らない。それだけでなく全身が何かに繋がれている感覚があった。再び可能な限り視線を回らすが、何も目に入ってこない、ただ金属質な色の無い壁と天井があった。と、

 

「目が覚めたようだなキリコ。今行く」

 

室内に声が響き数分の後、キリコは三人の男に見下ろされていた。二人は軍服、一人は白衣だった。白衣の男がキリコの腕を取り脈を計り、眼球を調べた。

 

「極めて良好です」

 

「ふむ……」

 

軍服の二人はキリコを珍獣でも見るように眺めて、やがて年かさの男が口を開いた。

 

「気分はどうだキリコ」

 

「俺を知っているのか?」

 

「ある意味、お前は有名人だからな」

 

「……」

 

もう一人の軍服が言う、

 

「貴様はおよそ一月眠り続けだった」

 

「一か月!?」

 

四肢に力の入らぬ訳を理解した。

 

翌日キリコは縛り付けられていたベッドから解放された。あの白衣の男の指揮で身体にまとわりついていた全ての機器、チューブやらワイヤーやら拘束帯などが取り払われた。男は、

 

「私はドクター・ゴドルン・ルフティエンコ。貴様とチャイルドの身体的なことの…責任者だ」

 

ルフティエンコは室内の使い方を説明して部屋を去った。金属のただ四角い部屋と思われたがトイレも飲食用のテーブルも巧みに仕組まれていた。

 

(チャイルドと言ったな…あの赤ん坊のことか)

 

キリコはハッキリしない記憶の断片をつなぎ合わせて現在の自分を認識しようと努めた。だが全てがはっきりしなかった。ただ、

 

(あの星を脱出した後、生まれたばかりの赤ん坊と俺は緑の泡に包まれて宇宙を漂っていた…どこかでこいつらに拾われたのだ)

 

そして、

 

「一か月、寝ていたのか」

 

キリコは四角い空き缶のような部屋を見回した。

 

 

 

それから二、三日が過ぎた。

 

キリコの四肢に力が戻って来た。そんなある日室内にアナウンスがあった。

 

「キリコ、チャイルドが会いたいそうだ。今からお連れする」

 

数分の後扉が開いて先日の三人が入って来た。キリコの前に来て三人が道を開けるように左右に分かれると、年の頃五歳前後と思しき男の子が進み出てキリコを見上げた。数秒の凝視の後、

 

「お前がキリコか」

 

甲高い声が決めつけるように問いを発した。

 

「………」

 

キリコの頭は混乱した。ここの連中の言った言葉が嘘でなければ“あれから”まだ一か月余りしか経っていないはずだ。

 

(俺が連れていた赤ん坊なら、まだ…)

 

嬰児と言っていいはずだった。だが目の前の少年は幼いとはいえ自分の足で立ち言葉を発している。少なくも五歳前後には見える。

 

「俺はキリコだが、お前は…?」

 

「名はない」

 

「ない!?」

 

「ない」

 

年かさの軍人が補足する。

 

「チャイルドと言うのはプロジェクトにおけるコードネームだ。わしらにお名前を付ける権限はない」

 

物言いにわずかに畏れが含まれている。

 

ドクター・ルフティエンコがチャイルドの成長を補足する。

 

「…お前は四週間眠り続け、チャイルドはその間にここまでご成長した。信じられないことだが事実であり、これは生物学の奇跡だ」

 

ドクターの説明が済むとチャイルドが再び訊ねた。

 

「キリコ、お前は私にとってなんだ?」

 

チャイルドが聞いた。問いは唐突で大人びてあったが率直でもあった。

 

「……」

 

キリコが逡巡していると、

 

「お答えしろ。我々も知りたい」

 

年かさの軍人が命令するように促した。

 

「……俺は、お前を育てると約束しただけだ」

 

「育てるとはどういうことだ?」

 

「飯を食わせ、いろいろなことを教え、大きくすることだ」

 

「食事に不自由はない」

 

言ってチャイルドは後ろの三人を振り返った。そして続けた。

 

「色々のことも知った。大きくもなっている。キリコ、お前の言う事とどう違う」

 

「さあな、だがたぶん違う」

 

「どう違う」

 

「説明は難しいが、違うと思う」

 

「思う? 不確かだな、きちんと説明しろ」

 

「……」

 

キリコが黙ると、さまざまな角度から質問を浴びせ、その執拗さは言葉の明瞭さと裏腹に幼さの露呈とも取れた。やがて、機を見たように年かさの軍人が告げた。

 

「明日チャイルドはメルキアに発つ。キリコお前もだ」

 

もう一人の軍人が続けた。

 

「我々も一緒だ。準備しておけ」

 

キリコに準備などは無かった。代わりにワイズマンの言葉を切れ切れに思い出していた。

 

『私は私の後を継ぐ者の誕生を予感した』

 

『お前は我が後継者を養育するのだ』

 

『そして……アストラギウス銀河の統治のシステムを復活させる』

 

『やはり私を補完するにはお前が必要だ』

 

『私はこの子にアストラギウス銀河の未来を託す。それまでキリコ、お前が銀河の秩序となるがいい』

 

キリコは改めて心に刻んだ。

 

(約束は守るさ、ワイズマン)

 

 

 

 

唐突な移送が始まった。

 

「おかげでこの辺境惑星から離れられる。チャイルドと貴様には礼を言わんとな」

 

四角いモノクロームの空き缶のような部屋を出るとき三人のうちの若いほうの軍人が言った。

 

辺境惑星を発ってから三日目の夜、キリコはディナーの招待を受けた。例の三人からである。艦の士官用メインダイニングで礼装の三人は待っていた。

 

「俺は艦内食の方が性に合っている」

 

着たきり雀のバトルスーツのキリコが言うが、

 

「まあ座れ。確認したいことも、話したいこともある」

 

例によって年かさの男が言った。

 

食事が進み、半ばまで来たところで年の若いほうの男がおもむろに口を開いた。

 

「料理はどうだ?」

 

「悪くない」

 

「そうか、それはよかった。そうなら話しやすい、実はな…」

 

三人の話というのはメルキアに着いても自分たちはこのままチャイルドの養育に関わりたいということであった。

 

「キリコ、お前の口添えが欲しいのだ」

 

「俺の?」

 

「お前はチャイルドにとって特別の位置を占めている」

 

男達の話を要約すると、軍はチャイルドが神の子、つまりワイズマンの後継者であれば銀河の覇権に関わるとみている。つまりは男たちにとってもチャイルドの傍にある事は出世への切り札になる。

 

キリコは答えた。

 

「いいだろうメルキアに着いたらそうしよう。ところで、ドクターあんたはなぜ食わない」

 

それまでドクターのところにはディナーの皿が運ばれてこなかった。

 

「それは…」

 

ドクターが応えかかったところに、ウエイターに先導されて正装のチャイルドがダイニングルームに入ってきた。一同には目もくれず別の設えられた席に着いた。

 

「では」

 

ドクターが席を立った。そしてチャイルドの前で恭しく一礼しテーブルに着いた。

 

「チャイルドにご相伴と言う事か」

 

と、艦内に非常灯が点滅しアナウンスが響き渡った。

 

「バララント艦隊接近! バララント艦隊接近! 乗員全員非常態勢を取れ!」

 

この艦の戦闘力、単独艦なのか一応の艦隊行動がとられているのか? バララントの艦隊の規模は? 目的は? 情報は乏しかったがキリコが取るべき行動は一つだった。

 

「来いっ」

 

キリコはチャイルドの手を掴んだ。

 

「何をする!?」

 

立ち塞がるドクターに、

 

「メルキアには行けそうもないな」

 

と押しのけ艦内を急いだ。艦内を伝わる振動と騒音がすでに戦闘が始まっていることを告げていた。

 

「痛い! 手を放せ!」

 

チャイルドが叫んだが意に介せずキリコは急いだ。

 

キリコが目指したのは脱出カプセルのある区画だった。一つを選び、

 

「乗れ」

 

と指示する。

 

「お前は?」

 

「俺も一緒だ」

 

どう理解したのかチャイルドは素直だった。

 

「待て!」

 

軍人二人が追いついてきた、若いほうの手には拳銃が握られている。

 

キリコに躊躇は無かった。四肢が一閃すると二人は床に倒れていた。転がった拳銃を蹴飛ばし、

 

「邪魔するな」

 

とカプセルに乗り込む。

 

脱出のボタンを押すとカプセルは自動で作動を開始する。後方にちらりと見送るようなドクターの姿が見えた。

 

カプセルは一瞬にして射出され二人の意識は失われた。

 

 

 

 

気が付くとその惑星地表は目の前だった。

 

カプセルの着陸用制御装置は正常に作動し、最後の最後はパラシュートが機能した。

 

数分後キリコとチャイルドは地衣類に覆われた、ただただ茫漠とした大地に佇んでいた。

 

(全ては奴の計算通りか)

 

ワイズマンはキリコとチャイルドの情報をアストラギウス銀河の全域に流したのだろう。無限にして無数の欲望が絡み合い干渉しあって、結果として、キリコとチャイルドはこの惑星に導かれた。

 

(ワイズマン、お前の思惑がどうあろうと俺は約束を果たす)

 

キリコは再び思い返していた。あのクエントの双子星『ヌルゲランド』でのワイズマンとの再会を……三十年の歳月をこえて彼も生きていた、というより再生していた。そしてかつてキリコ自身に要求した後継の座をこの神の子として生まれた、異能の子、チャイルドに託そうとしているのを……それもあらんことか、そのチャイルドの養育をキリコに賭けたのだ。異能の養育は異能の力でという訳だ。

 

(ワイズマン、お前の期待にこたえられるかどうか。……さて)

 

キリコはカプセルの中のエマージェンシーキットを点検した。自動小銃が一丁、食料飲料水が一人換算で一週間、あとちょっとした医薬品と携行燃料。

 

「こいつをなんとかしないと」

 

カプセルを見ながらキリコは口に出していった。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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