『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第10話

更新日:2021年4月13日 17:46

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第10話

 

本当に決着がつく――三人が三人共そう思った。

 

一進一退の攻防が続き、攻めるも守るも、両者が攻守を変え、さらに続いた。

 

極北の太陽が真上に来た。と、

 

「あれは⁉」

 

キリコが大河の彼方を指さした。グドーンが目を細めた。

 

「……ライウンダ!」

 

水平線とも見える大河の彼方がむくむくと盛り上がる。

 

「アメガクル アタリガミエナクナルホドノアメガクル」

 

繰り返されるピグの攻撃で船体は痛み、船底からは絶えず水が噴き出している。

 

「まずいな」

 

キリコが近づく雷雲を見て言った。

 

「ウン アノナカニハイッタラ!」

 

「どうなる?」

 

ルーが聞いた。

 

「上からの雨と、下からの浸水で船が沈む」

 

キリコが答えた。

 

ピグの攻撃の上に難問が文字通り降って湧いた。

 

「クルゾ!」

 

ピグの突進が見える。三人は銛の穂先を揃えた。突進する黒い塊が目前で沈む。三人の掌に腕に、ピグの背中を削る手ごたえが伝わる。が同時に船底からも衝撃が叩き上げてくる。ピグは少しばかり自分が傷ついても致命傷にならない距離を知っていた。船底からの浸水は確実に増えている。この上豪雨が上から襲えば、勝負は着く――。

 

「あれは‼」

 

近づく黒雲の中を鋭い光が走った。続いて空気を震わす大音響。

 

「雷‼」

 

キリコの脳内をさらに恐怖が走り抜けた。落雷は平地にも水面にも落ちるが、その場合少しでも高い、つまり突起物に落ちる確率が高い。この大河における突起物は、

 

(俺達だ‼)

 

ピグとの戦い以前に雷にやられる。と思ったとたんに石礫のような雨脚が襲ってきた。

 

(船が沈む‼)

 

絶体絶命だった。船が沈むか! ピグの突進か! 雷に打たれるか!

 

「ルー、かせ!」

 

キリコはルーの手から銛を奪った。

 

「何するの⁉」

 

それには答えずルーの銛の柄を自分の銛の柄に括り付けた。視界を奪う滝のような雨の中を縫ってグドーンの声が聞こえた。

 

「クルゾ‼」

 

「ん‼」

 

上下に穂先をつけた銛を構えてキリコが船上に仁王立った。同時に至近に落雷の閃光そして轟音! 銛を構えるキリコのシルエットが驟雨の中にくっきりと浮かんだ。さらに同時にピグの突進が船底を抉った。通過する水面下のピグに向かってキリコの腕から銛が放たれた。
手ごたえがあった、

 

一旦水中に消えた銛の先端が水面を切って上昇した、

 

銛はピグの頭部に近い背中に深々と刺さり、そして屹立していた、

 

まるでカーテンのような厚い雨脚の中に、銛もピグも分け入るように消えた――、

 

と思った瞬間だった。辺り全てが白色の中に埋まった。

 

 

 

水浸しの船の底から三人が身を起こした。

 

雨も、雷も、黒雲も、遠ざかっていた。

 

三人はしばらく無言で船の中の水を搔き出していた。やがて、

 

「ピグは?」

 

とルーが誰にともなく聞いた。

 

「……」

 

「……」

 

グドーンからもキリコからも答えは無かった。

 

「カエロウ……」

 

グドーンが言い、

 

「そうしよう」

 

キリコが答えた。

 

三人は散々に傷んだ船の修理に取り掛かった。

 

船底を繕い、竜骨のゆるみを締め、マストを立て直した。その合間に、

 

「ジブンニ オチルトハオモワナカッタノカ?」

 

グドーンが聞いた。

 

「落ちても落ちなくても一緒だ」

 

「ハハハハ、ソウダナ」

 

あのままであれば三人はピグによって船ごと吹き飛ばされるか、豪雨と浸水で水底に沈むか、雷に打たれるか、いずれかになっていただろう。

 

「ソレニシテモ……」

 

グドーンが言葉尻を飲み込んだ。心のうちは、

 

(キセキダ‼)

 

の思いでいっぱいだった。少し落雷が早ければ、

 

(キリコニオチテイタ)

 

船の上に仁王立ったキリコがあの一瞬ではあの辺り一番の突起物だった。さらに、ピグに突き刺さった銛が避雷針の様に着雷を呼び込んだのは間違いないが、ピグが船から数十メートル離れていなければ、電撃の呷りを食らっていただろう。雷は水面も走るのだ。

 

船は河口近くに流されていたので、帰りは二、三日掛かるだろう。

 

途中、ルーが、

 

「ピグは死んだの?」

 

と聞いたが二人は、

 

「サアナ……」

 

「どうかな……」

 

と言葉を濁した。

 

さらに、途中ルーが、

 

「ピグはどうしたかな……」

 

と呟いたが、すでにそれは答えを求めたものではなかった。

 

三日目の昼三人は船を出した場所に帰り着いた。

 

「船は?」

 

キリコの問いにグドーンは、

 

「トウブンハ カワニハデナイ」

 

と言い、解体を示唆した。

 

ルーも手伝い竜骨から船体の皮を剥がしていた時だった。

 

「ん⁉」

 

キリコが顔を上げた。幽かにこの大地にそぐわぬ人工音が聞こえたような気がしたのだ。はたして、それは姿を現した。

 

「グンヨウキダ」

 

グドーンが指摘したようにそれらしきマーキングを見せて旋回し、やがて去って行った。

 

「ギルガメスだったな」

 

キリコは赤いパイロットスーツが目立たぬように纏っていた皮布を滑り落した。

 

三人はそれぞれにまとめたさっきまで船だった木材やら皮布やらロープやらを背負って、キャンプ地への帰途に就いた。

 

キリコは時折耳を澄ませたり、遥かな地平に目を凝らしたりしたが、異変は見つからなかった。

 

キャンプ地に帰り着いた三人はグドーンのパオルーンに集まった。

 

それは久方ぶりの穏やかな食事だった。

 

「うまい!」

 

永久凍土の貯蔵庫から取り出した新鮮な肉にかぶりついたルーが思わず漏らした声に、グドーンが満足そうに頷いた。

 

「ピグは、アクビックが好きだった」

 

「アクビック クイツイタナ」

 

三人はこの数日のことを思いだしていた。大河の流れ、雨、虹、スパンル、淡い星々……そしてピグのことを。

 

「……ピグどうしたかな」

 

問いかけるでもないルーの呟きに、グドーンが答えた。

 

「ピグハカワノヌシダ カワニカエッタ ……イヤ カワニナッタ」

 

「河になった? どういうこと?」

 

「……」

 

グドーンがそれ以上答えないのでルーの質問はキリコに向けられた。

 

「河になったってどういうこと?」

 

「……そうだな。うまく言えないが……」

 

キリコは言葉を探し、探して、

 

「……ピグはもともと河の一部だったんだが、河そのものになったんだ」

 

「河そのものにって…………じゃあやっぱりピグは河の王様だね」

 

ルーの行き着いた結論に二人が大きく頷いた。

 

三人はその夜夢も見ない深い眠りに落ちた。

 

 

 

極北の大地に秋が来た。

 

秋は何処にあっても実りの季節だ。地衣類と灌木しか見えない荒涼の大地にも大自然の恵みが訪れる。

 

「甘い!」

 

その紫の粒を口に含んだルーが目を輝かせた。

 

「アマイカ」

 

「うん。ものすごく甘い!」

 

この北の大地では甘みは貴重だ。

 

「タベラレルダケタベロ」

 

グドーンはルーの背中を押した。そして、

 

「グランツアニキヲツケロ」

 

と言った。

 

「グランツアがいるのか?」

 

ルーを追おうとしたキリコが足を止めた。

 

「グランツアモコウブツダ」

 

グドーンが笑いながら語るには、お互い夢中になって食べていて背中合わせになっているのに気づかないことがあるというのだ。グランツアは基本雑食だ、季節に合わせて食生活は変わる。

 

「イマ ヤツハアマリコワクナイ」

 

グドーンは持ってきた籠にその紫の宝石をせっせと集めた。

 

「ジャムニナル」

 

口の周りを紫に染めたルーもキリコも手伝った。

 

「カブーだ!」

 

彼方の丘をカブーの群れが通過して行く。だが、もう、

 

「獲ろう」

 

とはルーは言わなかった。

 

天にも夜が戻った。

 

極北の夜は華やかだ。

 

「オーロラダ」

 

「オーロラ?」

 

その光は天空から降り注ぎ、ある時は重厚なカーテンのように、ある時は風に巻かれる貴婦人の晴れ着の様に夜空を彩った。

 

「綺麗だ!」

 

空を見上げるルーのシルエットが小鹿のようなしなやかさを備えた、少年のそれになっていた。

 

「アノコ……ハ…」

 

ずっと胸の底にしまって置いたのだろう疑問をグドーンがついに口にした。

 

「オマエノコカ?」

 

キリコは無言で首を振った。

 

「アノコハ フツウジャナイ オレノシルカギリ」

 

グドーンと二人が出会ってから、二か月にはなろうとしていたが、

 

「デアッタトキハ…」

 

こんなだったと、グドーンの掌が胸の高さを指していた。

 

「イマハ モウ オマエニオイツク」

 

ルーの成長は身体だけではなかった。知能も、感性も、並ではなかった。

 

「アノコハ フツウジャナイ」

 

グドーンの言葉に、キリコは別れが近いことを感じていた。

 

 

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

関連情報

 

関連記事

上に戻る