『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第13話

更新日:2021年4月13日 17:47

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第13話

 

その後議論は静かに沸騰し、終息した。

 

ギルガメス会議は執行機関を持たない。第一が会そのものが公なものではない。会員そのものに特別な資格はない。会が会員相当と認めれば会員となる。ただし敷居は高い。ギルガメス陣営において一定の地位と権力を持った者の秘密組織なのだ。

 

会議はアストラギウス銀河に重要事件が起こった時、随時開会され、情報を共有し、議を尽くし、方針をまとめる。まとめられた方針は会員各自が把握し、自分が影響力を持つ組織社会に戻って、陰に陽にその方針に沿ってことが動くように行動する。

 

「会員諸氏に告る。本事案は軍に任せることを決定した。当会議としては知りえた情報を軍に知らしめる必要はなく、すでに軍が知りえた情報と、それにより起こされた行動をただ見守ることとする。ただしそのことによって起こされる事柄が再び当会議において論議される必要があると議長が認めるときは、速やかなる召集が行われることと決します」
議長のホブレット・スマ・ビラテキスト三世が会議を閉じた。

 

 

 

「ドウシテモ イクカ?」

 

「ああ」

 

旅立つ用意は整った。

 

食料も、もしウルグゥンやグランツアに襲われたときの例の強烈な投げ薬も、それに野営用のカブーの皮布も、こいつには荒野用の迷彩も施してある。

 

「ソレモヒツヨウナノカ?」

 

グドーンと出会って以来出番のなかった銃も携えた。

 

「こいつはカブーにもグランツアにも使わない」

 

じゃあ何に使う? とは聞かずただグドーンは頷いた。

 

「ソウカ」

 

「グドーン、世話になった」

 

ルーが大人びた言葉と共にグドーンの肩を抱いた。グドーンもルーの背に腕を回した。腕の力に惜別の思いが込められていた。

 

「行くぞ。ル・シャーンまでは五日もある」

 

キリコの声に二人が腕を解いた。

 

歩き始めた二人からは別れの言葉は出なかった。見送るグドーンからも言葉はなかった。何か言ってそれが決まりごとになるのを恐れたかのようであった。

 

陽が落ちると温度は急速に下がり一けた台になった。

 

(急がなければ)

 

この地の秋は短い、数日で雪がちらつくかもしれなかった。

 

グドーンに書いてもらった地図を見ながらルーが聞いた。

 

「ル・シャーンには何がある?」

 

「ヂヂリュウムを掘る。ガリンペイロが五、六十人いるそうだ」

 

「ガリンペイロ?」

 

「ヂヂリュウム探しの男達だ」

 

「ヂヂリュウムを探してどうする?」

 

「カネに換える」

 

「どうして?」

 

「人が集まるところではカネが必要になる。俺たちもヂヂリュウムを探す」

 

キリコはル・シャーンで少し稼ぐつもりだった。グドーンに教わったところによれば、ル・シャーンのさらに先にはこの極北の地では最大のヒニュヌスの街があった。人間が身を隠すには人間の多いところがいい。そう思ったのだ。

 

「来た!」

 

二人は迷彩の皮布をかぶり大地に身を伏せた。

 

頭上をエンジン音が近づき、そして遠ざかった。

 

「やはりな……」

 

あの川べりで最初の哨戒機を見て以来軍が動くと確信していた。だからグドーンのもとを離れた。グドーンを巻き込みたくなかった。

 

キリコの読み通り、軍は動いていた。

 

直接に動いていたのはこの惑星に駐留する惑星占領軍の一地方部隊であったが、命令は統合宇宙軍司令部、指揮統合参謀本部、ギルガメス軍最高司令本部と一直線にギルガメス軍中枢からのものであった。

 

「20歳前後の男と16歳から20歳くらいまでの男の二人連れって、ずいぶん漠然としているな」

 

地上に目を光らせながら哨戒機の乗員がぼやくように言った。

 

「漠然とはしているが、こんなところを彷徨ってる二人連れがいれば、それがそいつらだろうさ」

 

「しかしそいつら何者なんだ? 何で目の色変えて探さなけりゃならないんだ」

 

「そんなことは知るか。知る必要もない。俺たちは見つけりゃあいいんだ」

 

「まあ、そうだが、駆り出されているのは俺達だけじゃないんだぜ」

 

「考えるなって言ってるだろうが」

 

「へーい」

 

動員されている哨戒機は十機を超えていた。

 

日に数度となく飛来する哨戒機をやり過ごしつつキリコとルーはル・シャーンを目指した。途中、ウルグゥンにもグランツアにも出会ったが、例の刺激玉を使う局面に至らず、やがてル・シャーンに着いた。

 

ル・シャーンは川のほとりに掘っ立て小屋が八戸ほど並ぶ、労働キャンプと言った佇まいであった。キリコはグドーンに聞いた通りの事務所を兼ね備えているように見える小屋をまっすぐに訪ねた。開け放したドアーをくぐると、

 

「何だてめえは?」

 

胴間声と共にグランツアのような大男が立ち塞がった。

 

「働きたいんだが」

 

キリコが言うと、

 

「働きてえだとお? ここをどこだと思ってるんだ。地獄の一丁目があって二丁目のねえところだ! 酔狂なことを言ってるとぶっ殺してウルグゥンの餌にしてやるぞ」

 

キリコは大男を一瞥し、

 

「あんたがここのボスか……じゃあないな。働きたいんだ。ボスに合わせてくれ」

 

「だから言ってるだろう。ここは地獄の一丁目で…」

 

なおも凄もうとする男の後ろから声が掛かった。

 

「ズオーボ引っ込んでろ」

 

「へい」

 

声に素直に従い二、三歩下がった大男の陰から、ヒョロリと痩身長躯の目つきの鋭い男が姿を現した。

 

「働きたいんだって」

 

「ああ」

 

「若いの、ここがどんなところか知ってて言ってるのかい」

 

「ヂヂリュウムを掘るんだろう」

 

「まあ、そうだが。リスクがあるぜ」

 

「リスク?」

 

「ああ、先の戦争でヂヂリュウムを積んだ輸送機がここらに墜落し積み荷のヂヂリュウムが四散した。それを掘り探すんだが、もともとは軍の持ち物だ。俺たちは正式の許可をとっている訳じゃねえ。早く言えばお目こぼしだ。お目こぼしにはお目こぼしの元手もかかる。それにいつ先様の気が変わるか分からねえ」

 

「そうなのか」

 

「それに、ここで働いてる連中はみんな訳アリの連中だ。トラブルはひっきりなしだが、解決方法は簡単だ。理由のいかんにかかわらずこのズオーボがカタをつける」

 

傍らの大男が丸田のような腕を撫す。

 

「分かりやすくていいな」

 

「ふん、度胸があるつもりか、いいだろう、働きな。取り分は三分七分だ。三があんたたちで七が俺だ。俺の名はダバーダ・ズルージオ、ここを仕切っている。七分の内訳は寝るところ、食い物、道具の貸出料などなどだ。良かったらすぐにも働いてもらう、陽はまだ高え」

 

話はまとまったが、ズルージオの言うリスクとやらは当の本人のことらしかった。

 

ズオーボに案内された稼ぎ場は、小屋からすぐの、この辺りを網の目のように走る幅数百メートルの浅い河中にあった。河中には転々とガリンペイロ達が散っていた。ズオーボに渡された道具はスコップと四角い木枠のついた細かい網目のジャリパンと呼ばれる濾し器とヂヂリュウム入れの袋だけだった。

 

干上がった河原は掘り尽されたとみえ、ガリンペイロ達は皆流れの中にヂヂリュウムを探していた。キリコたちが流れに足を入れると、近くのガリンペイロがここは俺の縄張りだあっちへ行けと顎をしゃくった。

 

川の水は冷たく五分以上続けては作業は不可能だった。だが作業自体は簡単だ。ただ川底の砂利をスコップでさらい、濾し器でただの砂利とヂヂリュウムを選り分けるだけだ。

 

日が傾くと作業は終わりだった。河原を渡る風は冷たく体力を著しく削ぐ。

 

小屋に戻るとズルージオが待っていて収獲物を量り記帳する。

 

「現金では貰えないのか?」

 

キリコが咎めるように問い質すと、

 

「ここを出るときにはまとめて渡す。現金を渡すとてめえらはロクなことにならねえ」

 

周りのガリンペイロの中に濁った笑いが起こる。

 

「食い物はあそこだ」

 

指さされた先にテーブルがあった。近寄るとスープの入ったずん胴の容器と、なにやら穀類が混ぜあわされ炒められたようなものが大皿に盛ってあった。ガリンペイロ達はそれぞれの食器にスープとメシを取り分け、その場で食べる者自分の小屋へ運ぶ者と分かれるが、一様に無言でその動きは鈍かった。

 

キリコとルーはテーブルでスープとメシに口をつけた。即座に、

 

「まずい!」

 

とルーが声を上げた。

 

「食いたくなきゃあ、食わなくていい。ただしそれでも食費は引くぞ」

 

ズルージオが鼻の先に酷薄な笑いをぶら下げて言った。

 

あてがわれた小屋はちょっとした嵐が来ればバラバラに吹き飛ぶようなものだった。

 

中に入るとすでに先住者が床に座り込んだり寝そべったりしていた。

 

「今日から世話になる。キリコだ。こっちは…」

 

「ルーだ」

 

ルーもキリコに倣って名を言った。住民たちはじろりと見ただけで言葉を発しない。何処に身を置いていいか室内を見回していると、一角で手招きするものがいる。その手に従って傍に寄ると身をずらして近くを空けてくれた。

 

「すまない」

 

腰を降ろすと、

 

「ボブゥーと呼んでくれ、ここじゃあんまり名乗ったりしないんだ。みんな訳ありだからな」

 

地獄の一丁目には不似合いな知的な額を持つ男が片目をつぶった。年の頃は五十を出るか出ないか。

 

その夜は疲れが出たか、二人はぐっすりと眠れた。

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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