『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第16話

『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第16話

 

ル・シャーンの河べりにドレッジの唸り声が響くようになって四、五日が過ぎた。

 

ルーの計算によれば同じ労力なら収穫は五倍に、従来通りの収獲でよければ労働時間は五分の一になるはずだった。ガリンペイロ達はどっちを選んだか――元来怠け者のグータラ人種であるはずのガリンペイロ全員が五倍の収穫を選んだ。ボブゥーの解説によれば、

 

「もうじき冬だ。いやでも働けなくなる。稼げるうちに稼いでおきたいのさ」

 

ということだった。

 

(みんながみんなその程度の欲でとどまってくれていればいいのだが)

 

キリコの心配はそこにあった。

 

今まで一で満足していたものが二が手に入ると、三が欲しくなる。三が手に入ってしまったら一つ二つ飛ばして六が七が欲しくなる、それが人間だった。

 

「話があるんだが……」

 

キリコの耳元でズルージオが囁いた。

 

「ん?」

 

「ドレッジの使用料、安すぎねえか?」

 

ドレッジを使った場合みんなからは上がりの10パーセントを取っていた。内訳はドレッジの修理にかかった費用とズルージオの車のエンジンのレンタル料と燃料費だった。

 

「充分だろう」

 

それを取ったうえでもズルージオの収入は上がっているはずだった。もともと収穫量の七分を粗末な小屋代やまずい食費で吸い上げているのだ。

 

「あんたの実入りだって上がってるはずだ」

 

「まあそうだが、もう少し取ってもよかねえかと思ったまでよ」

 

その時はそれで済んだが、ズルージオは突然に事を起こした。

 

「俺は、ヒニュヌスに用事がある。車を使う。だから二日ばかりドレッジは動かねえ。すまねえがそういう訳だ」

 

ガリンペイロ達にそう告げるとドレッジの動力を切り、ガリンペイロ達を河の中に追い立てて姿を消した。その時は、

 

「ケッ!」

 

とさほど問題にしなかったガリンペイロ達だったが、改めて河の中に入ってみてその冷たさと労働のきつさに驚いた。誰もが、

 

「うひゃあーーー‼」

 

と悲鳴を上げ、この数日が自分たちをどう変えたかを悟った。もう以前のようなやり方には戻れないことを実感した。さらに収穫量は激減した。

 

二日後全てお見通し、狙いすましたようにズルージオがヒニュヌスから戻った。そして、

 

「ヒニュヌスの車屋の言うには、俺の車のエンジンはこれ以上ドレッジの負荷に耐えられないそうだ。このままだとぶっ壊れちまう」

 

わざとらしく肩を竦めた。

 

「⁉」

 

言ってることが何を意味するのかにわかには分からないガリンペイロ達が、

 

「車を貸さねえと言うのか?」

 

「ドレッジを動かさねえ、ってことか?」

 

「使用料を上げるって言うのか?」

 

ざわついた。

 

(始まったな)

 

とキリコは思った。

 

「このル・シャーンで車をぶっ壊すわけにはいかねえ。死活問題だ」

 

確かに冬の迫るこの地で車が無かったらどうしようもなかった。それは誰にも判る理屈だった。

 

「そんな訳で車は使えねえ」

 

口々に不満と不平と不安がどよめきとなってが広がった。やがて見透かしたように、

 

「今更ドレッジ無しじゃああんたたちも大変だ。そんなことは分かってる。で、だ……」

 

いったん言葉を切り、充分に間をとって、

 

「安心してくれ、この俺様はヒニュヌスでドレッジ用の発動機を仕入れてきた。こりゃあ立派なもんさ、効率がさらに倍になる。みんなも儲かる俺も儲かる」

 

とのたまった。

 

ズルージオのような男が安心してくれといったらかえって安心できないのは皆が知っていた。静まり返ったガリンペイロ達の顔を見回しズルージオがシレっと、ここからがこの話の本番と言葉を続けた。

 

「ま、そんな訳で少々元手が掛かってしまった。心苦しいんだがその分みんなにも負担してもらう。つまりは使用料が少しばかり値上げになる。なにほんの少しばかりだ」

 

「その値上げって…」

 

と誰かが内容を問い質そうとしたとたん、背後で猛烈なエンジン音と同時にドレッジが作動し始めた。その傍らにはズオーボが仁王立ちしている。

 

「さあ、作業にかかったかかった!」

 

ズルージオが皆を追い立てた。

 

この時明示されなかった使用料は、なんだかんだとはぐらかされてその後も明確には示されずうやむやになってしまった。

 

そんなこんなではあったが、キリコとルー、ボブゥーの毎日は変わらなかった。

 

「キリコ、この子は凄いぞ。天才と言っていい。このままいけば本当に数学の“未解決問題”の一つか二つは解決するかもしれない」

 

それがどの程度に凄いことかはキリコには解からなかった。だから、

 

「そうなのか」

 

とあいまいな反応しかできなかったが、

 

「数学の問題は純粋に数で表される何かの問題でもあるんだが、世界の有り様の問題でもあるんだ。この子の凄いところは問題へのアプローチの角度なんだ。俺とは全く違う。独特の方向性を持っている。そこが凄いんだ」

 

「……」

 

ボブゥーの言葉はキリコにある種の不安を喚起したが、黙っていた。

 

―――やがて。

 

朝夕の風の中に白いものが混ざって飛ぶようになり、ズルージオが告げた。

 

「明日、ル・シャーンを引き上げる。迎えが来る。それに遅れるとウルグゥンの餌だ。迎えは金と一緒にやって来る。したがって精算もその時になる」

 

キリコが確認した。

 

「引き上げの先はヒニュヌスか?」

 

「そうだ。そこから先はどうとでも勝手にしろ」

 

そして翌日迎えとやらがやって来た。

 

それは不思議な隊列を成していた。先頭には軍の汎用高機動車が一台、その後ろに明らかな民間の白塗り商用大型バン、その後ろに幌付き軍用トラックが三台、最後尾をATを乗せた牽引車が一台だった。

 

(この車列は……)

 

キリコは想像した。これから起こることを。普通に考えれば、三台の幌付きトラックはガリンペイロの輸送用だろう。そして白いバンは業者のジジリュウムの搬送用、高機動車とATは車列の護衛の為か。掘り出されたジジリュウムもその代金としての金も、盗賊の目標にならないと言えなくもない。だが、

 

「何なんだよこりゃー‼」

 

突然の怒声に始まった騒動が全てを説明してくれた。

 

ガリンペイロのそれぞれが精算表を手に激高した。

 

「汗水たらした半年の支払いがこれっぽっちだとー!」

 

「ざけんなー!」

 

ズルージオに詰め寄るガリンペイロの二、三人がズオーボに撥ね飛ばされた。

 

「ちゃんと精算表を見てくれよ」

 

ズルージオは余裕の答弁だった。

 

「寝床、食事、それにお前さんたちの労働を軽くしてくれたドレッジ代、それらを引けばそうなるんだよ」

 

「ドレッジの使用料は収穫量の十分の一だって言ったじゃないか!」

 

「そりゃあ、そこにいる二人に聞いてくれ」

 

ズルージオがキリコとボブゥーの方に顎をしゃくった。

 

キリコは自分の精算表を見て、

 

「俺たちのドレッジ使用料は十分の一だ。それ以上取ってない。ズルージオあんたのは収穫量の七掛けも取ってる」

 

「ここじゃあドレッジなんか使ってないときからそうだよ。それにあの発動機は高かった」

 

ズルージオが鉄面皮に嘯く。

 

「ふざけるなーー‼」

 

殴りかかろうとするガリンペイロの頭上を銃弾が走った。

 

「静まれ! そうでないとこの場で撃ち殺す」

 

警告の銃弾を発射した兵士を押し分けるようにして責任者らしい下士官が進み出た。

 

「不満のあるものはここに残れ、止めはしない」

 

いやも応もなかった。ズルージオと軍は繋がっているのだ。丸腰のガリンペイロが敵う相手ではなかった。と、

 

「お前!」

 

ルーの声がした。

 

(まずい!)

 

止める暇もなかった。

 

「お前? だと……」

 

下士官は進み出たルーの若さに一瞬戸惑った。身体のどこからも怖れの一片も漏れ出ていない。

 

「お前に、答えを聞きたい」

 

まっすぐな視線に下士官は覚えずたじろいでしまった。

 

「こ、答えだと?」

 

「そうだ答えだ」

 

逆らえず言ってしまった。

 

「何だ。言ってみろ」

 

ルーは精算表を両手で持って下士官の眼前に突き付けた。

 

「これは正当か?」

 

「正当⁉」

 

ルーのあまりにもまっすぐな質問ににわかには答えが見つからない。

 

「その顔では、正当とは思っていないな」

 

ルーが下士官の心の中をズバリと指摘した。

 

「せ、正当かどうか、そんなことは知らん」

 

「知らない? じゃあ説明しよう。ボブゥー」

 

ボブゥーがノートと筆記具を渡す。

 

「いいか、よく見てくれ」

 

ルーは真っ白なページに大きく分かりやすい数字を次々と書き込みながら、その都度説明した。

 

「で、こうなる。つまり、日の出から日の入りまで体を張って働いた結果の総量がこれだ。その働き分から寝床と食費とドレッジの使用料を引いた分がこうなる」

 

示された数字はあまりのものだった。

 

「これは正当か」

 

示された数字に下士官の言葉が詰まった。

 

「そ、それは……」

 

「待てまてまて!」

 

下士官に代わるようにズルージオがルーの前に立ちはだかった。

 

「貸せ!」

 

ルーの手からノートと筆記用具を奪い取り、

 

「部屋代、食費、ドレッジの代金、その燃料を足すとこうなるんだ!」

 

と突き付けた。

 

「高すぎる」

 

ルーが再びノートを奪い取りズルージオが書きつけた数字の横に新たな数字を書きつける。

 

「これが正しい」

 

「正しい? 誰が決めた!」

 

「取り過ぎはいけない。グドーンがそう言った」

 

「グドーン? なんだそりゃあ?」

 

唐突に出たグドーンの名にズルージオが戸惑った。

 

「必要な者が必要なだけ取ればいい」

 

「だから、俺には俺が言っただけ必要なんだよ! 反対の奴はいるのかよ!」

 

ズルージオの言葉に合わせるようにズオーボがのそりと歩み出た。

 

「みんなにもみんなの必要がある」

 

ルーの言葉にガリンペイロ達が呼応した。

 

「そうだ! そうだ! ぼったくりはやめろ!」

 

「働いただけよこせ!」

 

ズオーボの巨体がルーに突進した。

 

「このクソガキがーー!」

 

掴みかかるズオーボの丸太のような腕をルーがかいくぐる。

 

「キリコ!」

 

ボブゥーがキリコに救いを求めた。

 

「ん⁉」

 

あたりにキリコの姿が無かった。

 

「ズオーボ、腕の一、二本もへし折ってやれ!」

 

「おーう‼」

 

ズオーボがグランツアのように吠えた。いつもなら騒動はここまでだった。ズオーボもこの道では専門家だ。ガリンペイロの二人や三人は手もなく抑えてきたのだが、

 

「ちょこまかと!」

 

その若者の身体には触れることもできない。日頃ズオーボの暴力に抑えられてきたガリンペイロ達が盛り上がった。

 

「やれー、やっちまえ! そんな熊野郎ぶちのめせ!」

 

身体能力の差はいかんともしがたく、ズオーボは大ぶりのパンチを躱されバランスを崩してよろめくところをちょこんと足を掛けられ大仰に横転した。ワッと上がる歓声の中で、

 

「役立たずが!」

 

ズルージオがここまでと決断した。

 

「隊長、出番だ!」

 

言われた隊長が武装兵に合図を送る。一分隊ほどの兵が自動小銃を構えてガリンペイロとズルージオの間に立った。

 

「へっ、言ったろう! このショウバイには軍のお墨付きがあるんだよ! 文句のある奴は前へ出ろ、支払いの他にボーナスをくれてやらあ!」

 

これで一件落着、

 

「へへ、チョロいったらありゃしねえ」

 

異変はズルージオが勝ち誇っている後ろで起こっていた。隊列の最後尾ATの牽引車の上で、万が一というために待機していたパイロットがものも言わずくずおれた。開いたコクピットに赤い影が滑り込む。途端、低く軽い、だが野獣が唸るような駆動音と共にそれは立ち上がった。

 

「ルーとか言ったな、若いの。前へ出ろ!」

 

ガリンペイロの群れの中からルーが一歩、二歩、三歩と進み出た。

 

「へへ、いい度胸だ。もう一度言ってみろ、何だって? 支払いに文句があるだと?」

 

ルーは顔色も変えない。

 

「正当じゃあない」

 

「大甘野郎! 世の中には見せしめってもんがあるんだよ」

 

兵たちの銃口が上がる。ワッとばかりに背後のガリンペイロ達が左右に逃げ散った。

 

「死んじまえ!」

 

銃声と凶暴な走行音とが交錯した。

 

閃光と残響音……そして薄い硝煙が大気に溶け散った後、その場のすべてのものが理由は分からず、事実だけを認識していた。

 

兵士の銃口とルーの間に人型の鉄の塊、ATが立ち塞がっていたのだ。

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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