美少女×戦闘機『ガーリー・エアフォース』集中連載第3回!! 夏海公司先生書き下ろし短編「シアターブルー」第3章掲載!!
「シアターブルー」
■著者:夏海公司 ■イラスト:遠坂あさぎ
第3章
『フェスティバルコントロールよりBARBIE02・03、ウェザーチェッククリア、式典プログラムもオンタイムで進行中。そろそろ出番だ。準備はいいか?』
管制からの呼びかけに「BARBIE03、問題ありません」と答える。遅れて陽気な声が『BARBIE02、いつでもいけるよ!』と続いた。高度一万フィート、小松沖二十キロ地点を私達は飛んでいる。天気は快晴、絶好のアクロバット日和だ。左手前方には山吹色のF-15Jが進んでいる。X字型尾翼のシルエット、イーグルだ。気分が高揚しているのか、いつもより輝きが激しい。地上から見る彼女は陽光と混ざり合いさぞかし美しく見えるのだろう。が。
「BARBIE02、張り切るのはかまいませんがきちんと飛行空域は守ってくださいね。好き勝手にエンジンを吹かせた挙げ句、調整外のエリアに出ないように」
『分かってるよ! 小松基地を中心に半径八十キロだよね? ちゃんと覚えてるよ!』
「半径八キロです」
どこまで飛んでいくつもりだ。確認してよかった。放っておくと普通に民間機と衝突しかねない。
イーグルは『あ、そうだっけー?』とすっとぼけた後、口調を改めた。
『ところでさ、ファントム、念のために聞いとくけど』
「なんでしょう」
『イーグル、本当に一番機でいいの?』
うかがうような声音。プログラムの作成はともかく隊長機までやらせてもらえると思っていなかったのだろう。さすがに不安げな様子となっている。だが私はあっさり「かまいませんよ」と答えた。
「前にも話した通り、今日のパフォーマンスは派手さが命です。あなたの実力を存分に見せつけてあげてください。私は影ながらサポートさせていただきますよ」
『ふぅん? じゃ、まぁ遠慮なくやっちゃうけど、きちんとついてきてね。イーグルの機動はちょっと激しいから!』
分かってる。というか「激しい」なんてレベルではない。「無茶苦茶」だ。そもそも第四世代機のACM(空中戦闘機動)に第三世代機で挑むこと自体無理がある。だがもはや引き返す余地はない。
『フェスティバルコントロールよりBARBIE隊、ショータイムだ。タイムアット・スリー・ゼロ』
ラジャー、BARBIE02! のかけ声とともに先行のドーターが加速した。引き離されないよう機位と速度を調整、密集隊形を作る。眼下に小松基地の滑走路が見えてきた。エプロンに並べられた観覧席が今日のオーディエンスだろう。離れていても多数の視線を感じる。期待の高まりを感じる。演技開始まであと五秒、四、三、二。
はやる気持ちを鎮めながら私はゆっくりと目を閉じる。
――タクティカルリンク、モード・ミラーリング、ターゲット、BARBIE02。
『タッククロス・レッツゴー! スモークオン! ハーフロール、ナウ!』
来た。不可視の信号が雷のように身体を貫く。私は反射的にスモーク発生装置をオンにし機体を横倒しにしていた。
ぐるりと視界が反転する。二機揃って背面飛行。真っ白な排煙を引きながら会場上空に進入する。続けて再度反転、互いの進路を遮るように至近距離で交叉した。
わぁっと歓声が聞こえたように思えた。
山吹色の機体が遠ざかっていく。そのまま息を揃えて急上昇、高度一万メートルに駆け上がった。
(できた)
高揚が息を弾ませる。高鳴る鼓動が胸を突き破りそうだ。うまくいった。完璧なタイミングだ。
一週間前、慧さんからもらったアドバイスは単純だった。
イーグルがプログラムを守らず、なおかつこちらの動きにも合わせてくれなければどうするか。
簡単な話だ、そう。
――私がイーグルに合わせればいい。
細かなタイムチャートも段取りも忘れて、ただただ彼女の動きに集中する。次の機動に合わせて自分の操縦を調整する。
右に行きすぎたらこちらも右に。マニューバを一つ飛ばしたらこちらも飛ばす。完全にプログラムを暗記している人間なら「あれ?」と思うだろうが、一見の客には分かるまい。むしろ臨場感溢れる飛行に見えるはずだ。
だからこその一番機委譲、イーグルの主導権容認。全ては彼女の動きに応じるため。最適な機動を適宜選択し直すため。
ただコンマ数秒単位のアクロバット機動で、先導機の動きを見て追随していては間に合わない。事前に無線で合図してもらう? いや、それをあの子が完璧にこなせたらそもそも苦労していない。発光信号? ハンドサイン? だめだだめだ。考えあぐねた末、私が編み出した方法は。
『ワンスモーク! チェンジオーバーループ、レッツゴー!』
イーグルがNFI(神経融合インタフェース)にコマンドを入力した瞬間、戦術データリンク経由で信号が複製される。F-15Jの機体が反応するより早く、私がその命令に応じて自機を動かし始める。結果、二機のマニューバ開始はほぼ同時になる。遠隔操縦の逆パターンだ。相手のコマンドをコピーしマニュアル操作で追随する。データソースがイーグル自身だから二機の動きはほぼ完全に同期する理屈だ。
操作コマンドのリモートエミュレーション。
これこそが私の秘策だった。
だが言うは易し、行うは難しだ。
コピーされてきたコマンドの変換、再入力まで数ミリセカンドしか余裕がない。その間にイーグルの意図を解析・行動しなければ編隊機動は失敗する。見るも無惨なNGフィルムができあがってしまう。
私は演算能力をフル回転させてイーグルの行動を模倣した。大丈夫だ。私の処理スピードは独飛の中でもトップレベル。数十発のミサイルだって一時に管制してみせる。パラメータがイーグル一機の機動だけならなんとでもなる、と思っていたが。
(な、何!? この子の操縦!?)
矛盾するコマンドが一度に十、二十と入力されてくる。左、いや右、やっぱり上、うーん下かな? という感じで。一秒前に打ったコマンドが次の瞬間キャンセルされていたりする。考えていない。いや、思考はしているのだがベースとなるロジックがない。気分次第でどうにでも機動を変えていく感じだ。
自由奔放・臨機応変と言えば聞こえはいい。だが追いかけるこちらは大変だ。直前までの何万回という演算がいきなりふいになる。数千回分のシミュレーションが巻き戻ったりする。
間に合わない。まともにやっていてはとても追随できない。焦った私は複数命令をオーバラップさせ、状況次第で処理を選択できるようにした。シナリオAとシナリオBを同時計算、イーグルのコマンドがaならシナリオAを実行、シナリオBを破棄する。いわゆる予測演算だ。だが敵(?)もさるもの。当初四分岐、六分岐ですんでいた条件予測は瞬く間に百分岐・二百分岐を数え、指数関数的に計算量を増加させていく。さすがの私も頭がくらくらしてきた。だが諦めるわけにはいかない。焼き切れそうになるシナプスを酷使しイーグルの動きについていった。
コークスクリューにファンブレイク、バーティカルキューバンエイトからのオポジットコンティニアスロール。
常時クライマックスを思わせる大技のオンパレード。意識朦朧になりつつも機動を継続していると無線から声が響いてきた。
『ラスト! ローリングコンバットピッチ、いくよー!』
最終演目。空に二重の円弧を描く機動だ。
エンジン全開、上昇しつつロールし蒼空にスモークを引いていく。イーグルの右手後方を上空から追いかける形だ。急角度でバンクし増速。フォーメーションもタイミングも申し分ない。今頃地上からは鮮やかな二筋の白煙が見えているだろう。
やった、やりきった。あとは着陸するだけだと思った瞬間。
『からのー!』
からの!?
『イーグルスーパー大回転!』
機首上げからまさかの百八十度ループ、百八十度ロール。上方宙返りした後、真正面から突っこんでくる。
インメルマンターン! しかもドーターの機動力を用いたとんでもなく鋭角的な反転だ。気を抜いていたため予測演算がストップしている。追随できない。どころか完全に衝突コースにのっていた。山吹色の機首が見る間に近づいてくる。
(あ、の、馬鹿!)
操作エミュレーションは放棄。反射的に左右の補助翼を動作させていた。左翼の揚力が増加し機体が右回転する。反転したまま降下、危ういところでイーグルの突進をかわす。
ゴォッ!
直上を暴力的なエネルギーの塊が駆け抜けていく。音と衝撃波が機体の腹を震わせた。どっと全身の毛穴から汗が噴き出す。危ない。まさに間一髪。
だが危機は過ぎ去っていない。無茶な機動で機体の姿勢が乱れていた。このまま行くと仰向けのまま会場に墜落しかねない。必死で機首上げして落下を食い止めようとした。百八十度前転、頭上の景色が地面から空に切り替わる。
(よし)
ほっと一息、高度を取り戻そうとスロットルを開いた瞬間。
ぎょっとなる。
すぐ上にイーグルがいた。背面飛行となり同じコースを飛び続けている。な、なんでここに? どうして? 一瞬呆けた後、はっとなる。そうか、上下に並走していた機体が互いに宙返りを決めたから逆コースで並んでしまったのか。迂闊だった。気づいた時にはもう垂直尾翼が接触しかけている。特徴的な装甲キャノピーがのしかかってくる。陽光が遮られ視界に影が満ちた。
死ぬ。墜落する。
「っ!」
まだまだ!
エアブレーキ展開、昇降舵を下げ機首を落とす。がくんとスピードが落ちた。上昇が止まる。ギリギリのところでイーグルとの距離が保たれる。
周囲の音が消えた。時間が歩みを緩める。何もかもがスローモーになる。気づけば私達は合わせ鏡の双子のように上下に相対していた。彼女の息遣いが、脈動が間近に感じられる。データリンクを使わなくても我がことのようにイーグルの挙動が分かる。
『ミラーフライト』
コントロールの声は驚きを含んでいた。聞き覚えのある名だ。確かロシアのアクロバットチーム、ルースキエ・ヴィーチャズィが誇る最高難度の曲技飛行。水面の鏡像を思わせる大空の幻影。
真っ青なカンバスの中を私達は進んでいく。太陽というスポットライトに照らされ機体を輝かせ続ける。周囲に遮るものは何もない。半径八キロ、三百六十度、全て私達だけの晴れ舞台だ。蒼穹のステージ、〈青〉の名を持つ広大な劇場。シアターブルー。
彼方から拍手の音が聞こえてきたように思う。
今度こそ本当に全ての演目が終了した。コントロールが帰還を呼びかけている。イーグルがゆっくりとブレイクし遠ざかっていく。魔法が解けた。エンジンと大気の音が徐々に戻ってくる。
(終わった……?)
座席に沈みこむ。どっと疲労がこみ上げてくる。しばらくの間、何も考えられない。感想の一つさえ浮かんでこない。半ば放心状態になっているとBARBIE02から脳天気な無線が響いてきた。
『お疲れ様、ファントム! なかなかいい感じだったね、特に最後。超スリリングで格好よかったよ!』
「はぁ、そうですか」
この娘の日本語辞書は一体どうなっているのだろう。あれをスリリングの一言で片づけるなど感覚が狂ってるとしか思えない。正しい索引は「絶体絶命」、いや「臨死体験」につけられているべきだ。
普段なら皮肉の一つも飛ばしてやるところだが、さすがに今は余力がない。むっつり押し黙っていると不意にイーグルが口調を変えてきた。
『で、さ。ファントム、ひょっとしてなんだけど、今日隊長機譲ってくれたのってイーグルがちゃんとプログラム守れないから?』
「え?」
『飛んでる最中にふっと思ったんだ。イーグル、のめりこむとすぐ次に何するか忘れちゃうから。後ろのファントム大変だろうなーって。でもちゃんとついてきてくれてたから、あ、もしかして合わせてくれてる? って』
「……」
『イーグルが二番機だったら絶対同じようにできなかったと思う。プログラムの中身も覚えてられないし一番機の動きにもついていけないから。多分失敗してたよね。そうならなくて本当によかった。ありがとう、すっごく感謝してるよ』
「べ、別にあなたのためにやったわけじゃ」
口ごもってしまう。
なんだかひどく気恥ずかしい。まさか悟られると思っていなかったから不意打ちを食らった気分だ。というかこの娘、何も考えていないように見えて意外に周囲のことを慮っているのか。驚きだ。
(……うん)
少しは見直してあげてもいいか。過程はどうあれ結果的に息の揃った演技ができたわけだし。状況次第では次の編隊飛行の相談にのってやらなくもない(あくまで相談だ。実際にやるかどうかはまた別の話)。
嘆息し「お互い様です」と労いの言葉をかけかけた時だった。
『けどやっぱりまだまだファントムの機動は甘いね!』
……。
あ?
『キレがないって言うか、必死についてきてる感じ? もっとスパッ、スパッっと動いてほしいよね。あれだよ。計算速度が遅いんじゃない? 右に行くか左に行くかくらいすぐ判断できるよね。もたもたしてるのは要領が悪いせいだよ。大丈夫、こういうのって慣れだからさ。何回か繰り返したらちゃんとファントムみたいな旧型機でもうまくなるよ! どう? 今度イーグルが教えてあげようか?』
「調子に乗るな」
以上、夏海公司先生書き下ろし「シアターブルー」でした!
そして、ここでまさかのサプライズ!!
遠坂あさぎ先生の応援イラストが間もなく到着!! 12月初旬更新予定。
お楽しみに!
→公開しました!
美少女×戦闘機『ガーリー・エアフォース』集中連載に、遠坂あさぎ先生から応援イラストが到着! 電撃ホビーウェブ
<DATA>
ガーリー・エアフォース
■電撃文庫
■著者:夏海公司
■イラスト:遠坂あさぎ
■既刊4巻、以下続刊
■発刊:株式会社KADOKAWA
イーグル
▲商品には機体に該当するアニマの同スケールフィギュアが付属。(画像は試作品イメージです。)
イーグル
■技MIX ガーリー・エアフォースシリーズ
■1/144スケール
■ メカニックデザイン:KuWa(FRAMEOUT MODELS)
■発売日:2016年3月発売予定
■価格:4,800円(税抜)
■発売元:トミーテック
ファントム
▲商品には機体に該当するアニマの同スケールフィギュアが付属。(画像は試作品イメージです。)
ファントム
■技MIX ガーリー・エアフォースシリーズ
■1/144スケール
■ メカニックデザイン:KuWa(FRAMEOUT MODELS)
■発売日:2016年3月発売予定
■価格:4,800円(税抜)
■発売元:トミーテック
<関連情報>
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