『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第43話

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『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第43話

 

 

クエント製H級ATベルゼルガの攻撃力がその右剣に集中されていた。

(受け損なえば!)

串刺しであろう。チャイルドの全身のアドレナリンとドッグのマッスルシリンダー全域にポリマーリンゲル液の沸騰が起こった。

(こんなプロテクターなど紙一枚の役にも立たない!)

腰だめの剣尖に絶対機動能力と技術と意思とが込められていた。

「とあーー!!」

「ふんっ!!」

はた目には二体の金属の塊が激突しブッ違い反転し指呼の間において再び相構えて対峙したように見えた。が、

「……私の負けだな」

双剣の薔薇から呟きが漏れ機体からがっくりと戦意が消えた。

「いや、碑文も言っている。まずはして勝ちを望まず」

「いや負けだ」

双剣の薔薇の左腕が肩から脱落して地に転がっていた。

――先瞬の激突をあえて解説すれば、ベルゼルガの体重を乗せた腰だめの剣尖を、間髪の距離で右アームパンチの一撃で反らしたドッグが勢いのままに内懐に飛び込んで相手の左腕をもぎ取っていたのだ。

「双剣の薔薇と言われたこの私が……」

薔薇の機体が片膝をついて地に転がった盾の付いたままの長剣を拾った。その姿はまさしく敗者が勝者を称える姿と見えなくもなかった。だがチャイルドの言葉が続く、

「しかして負けを拾わず……五つの光五行の戒め……戒め、戒め……」

「メッタリア! 勝負は? 勝ったのか? 双剣の薔薇に勝ったのか?」

ジュモーラン大尉の声がレシーバーに響いた。

「大尉、戻るよ」

「勝ったんだな! 碑文は?」

チャイルドは大尉の声に応えず機首を返した。

 

 

「ふーーむ」

ブローザン・ヒルでの戦いの次第を聞いたガラーヤン大佐は両の鼻の穴から太い息を漏らした。ややあって、

「メッタリアが……我が軍が引き上げた結果、他の四か国もそれぞれに軍を引いたというんだな」

「はっ、ブローザン・ヒルには今や人っ子一人おりません」

「うーーん」

ガラーヤン大佐は唸りながら机上のガナハのボトルに手を伸ばした。グラスのガナハを喉の奥に放り込んだ大佐はげっぷと同時に、

「うっぷぅー、で、メッタリアは?」

「戻った足で兵器廠に籠って……」

「兵器廠に?」

「何やらATを弄り回しているようですが」

「ATを? ふん」

大佐はさらに数杯ガナハを聞こし召したが、

「で、碑文は?」

「は、ここに」

ジュモーラン大尉は小脇に抱えたフォルダーから一枚のテキストを差し出した。大佐は紙片を受け取りおもむろに声に出して読みだした。

「……血の海におぼれ、血の河に流され―ー

辿り着いた頂の五つの約定を、忘するるな

そは、攻めることを欲せず

色あるは尊く、それぞれに尊く

あえて交わることを願わず、さらに言う

まずはして勝ちを望まず

しかして負けを拾わず

五つの光、五行の戒め……戒め、戒め戒め……」

大佐はテキストから顔を上げジュモーラン大尉に質した。

「これだけか?」

「メッタリアが読み解いたのはそれだけです。他にも含まれる意味があるかどうか調べたのですが、文字そのものがすでに滅びたもので私の手には負えません。むろん専門の学者にも確認したのですがお手上げだそうです」

「メッタリアの能力をしてと、いう訳か……」

大佐はボトルを引き寄せさらに数杯のガナハを喉奥に流し込んだ。さながらそれは悩みのたけをガナハに打ち明けるがごとくであった。

「下がっていいぞ大尉」

大佐はグラスを持つ手を振った。

「はっ……」

大佐の執務室を出た大尉を待ち受けていたのはドロムゼン・パスダード艦長以下の軟禁組だった。

艦長の部屋に呼び入れられると、パスダード艦長は無論のこと、クロムゼンダー少佐、ボブゥ教授、そしてキリコがいた。

「これはこれはお歴々がおそろいで」

ジュモーラン大尉の右口角が皮肉っぽく微かに上がった。

「大尉、事の次第を聞かせてもらおう」

パスダード艦長が口火を切った。

「貴公がチャイルドと共に機甲擲弾兵一個中隊を連れてブローザン・ヒルに向かったのは自分らも知っている。そしてそれがヒルトップの碑文を実力で抑えるということだというのも知っている。知りたいのはその結果だ」

クロムゼンダー少佐がその後を続けた。

「君が帰還したということは何がしかの結果が出たということだろう。聞かせてもらおうか。そしてもう一つチャイルドがここに戻って来ない。チャイルドはどうしたのだ?」

クロムゼンダー少佐の発言の後に暫しの間が空いた。

「……ふむ。素晴らしい! 要を抑えて簡にして明だ。人に物を質すにはこうあるべきだ。ハハ、とは言え、満足いただけるお答えをするには多少の時間を要します。腰を下ろしてもよろしいですかな。これでもいささか疲労しておりましてな。ハハハハ」

「これは気づきませなんだ。どうぞどうぞ」

ボブゥ教授が傍らの椅子をひょいと持ち大尉に勧めた。

「ありがたい」

大尉は早速椅子に腰を下ろしおもむろに足を組んだ。

「……さて、ご質問にお答えします。まずはブローザン・ヒルからは各国の軍は撤退しました。戦いはありましたが、まあ、痛み分けと言った所でしょう。ヒルトップの碑文についてはメッタリアが戦いの最中に読み解き私に送ってくれましたが、各国ともに傍受して本国に持ち帰ったと思われます」

「その文言とは?」

パスダード艦長が当然の質問を発した。

「短い詩文のようなものですが、ここに記憶しております」

大尉は人差し指で自分の頭蓋をコンコンと叩いた。

「ご披露しますか?」

己の明晰を誇るがごとくにやりと笑った。

「そう願おう」

クロムゼンダー少佐が当然だろうと要求した。

「では……」

大尉はいとも簡単にすらすらと碑文を二度繰り返して暗唱して見せた。

その場の一同がそれぞれにその意味するところを探ったが、要領を得なかった。やがて、

「で、意味するところは?」

パスダード艦長が解説を促した。

「さ、そこです」

大尉は話に重さを付けるように足を組みなおした。

「碑文が出現したあのブローザン・ヒルは五つの国の国境線が接するところであり、先の紛争の折、といっても三〇〇年がとこ昔の話ですが、五か国を代表する英雄たちが相集い停戦の約定をなした場所として知られています」

ここで大尉は言葉を一旦切り座を見回した。そして自信たっぷりに、

「あの詩文の一字一句を吟味してみるに、歴史的約定の根幹の精神を現しているのではないかと愚考するものであります」

と言い切った。

その場の者がそれぞれに詩文の言の葉を脳裏に浮かべ、各人各様に吟味検討した。やがて、

「そう言われてみれば…その様な…」

一同の考えの筋道が統一されそうになった時、

「しかし、一つ疑問が…」

ボブゥ教授が額に皴を寄せた。

「約定と詩文の関連性は……まあ、争わないでおきましょう。ただ、ブローザン・ヒルでの五か国間の約定は三〇〇年前の歴史的事実すよね。しかし、ヒルトップに出現した碑文はその方面の専門家も判読困難な古語でした。時代的には百年単位ではない千年単位の古さを感じさせる。ここはどうなんでしょう?」

さすがに学者らしい考察といえた。

沈黙の中一同の視線がジュモーラン大尉に集まったが、

「わ、私にその答えを求めるの無理がありましょう。時代的な整合性を求められても、そんなことお門違いと言うもので!」

まるで自説を責められたように戸惑いを見せた。

と、

「ルーはどうした。どうしてここにいない?」

キリコの声に一同は改めて大尉へのもう一つの質問を思い出した。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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