『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第53話

『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第53話

 

見渡す限り何もない水平のコンクリートの板上に対峙する二機のAT、それに目を凝らす者たちはそれぞれに己の明日をこの戦いに占おうとしていた。例えば、

(このわしに、この上があるのかないのか⁉)

己の欲望、己の才覚、己の運、その限界に線を引きかねていた独裁の権力者ガラーヤン大佐は二人の決着とそこから発生する未詳の事象に予測を超えた何ものかを期待した。

(勝つのはどっちだ⁉)

キリコか、チャイルドか。勝敗のいずれに拘わらず移送の任務は遂行しなければならない。だが事が済んでも二人とも素直に従うとは思えない、その時はどうする? パスダード艦長は任務を思った。

(もし仮にチャイルドが敗れたら⁉)

その死体を運ぶことになるのか? その場合自分は任務を遂行したことになるのかならないのか? クロムゼンダー少佐の頭は混乱した。

(はやくはやく! 答えを見せてくれ!)

ここまでの役割はなんとなく分かっていた。充分に機能した自覚もある。だがこの先はどうなるんだ。この俺の役割は? この先は? 何でもいいからこの先が見たいとジュモーラン大尉は焦れていた。

そして――

「聞こえるか、ルー?」

キリコがチャイルドに呼び掛けた。

「うん」

短いが明瞭な声が返ってきた。

「いくぞ」

「はい!」

交わした言葉はそれだけだった。直後互いのグライディングホイールが咆哮を上げた。

「始まったな…見届けるぞキリコ!」

かつてワイズマンの目であり耳であった男の口から呻くような呟き声が漏れた。

相関する距離2000、二機は多少の差異はあるものの機体重量は兵装弾薬も含めて8000前後、最短最速で相寄れば40秒余りで接触激突する。

走りながらチャイルドの機体全身装備から奔流のように硝弾が流れた。ミサイルがガトリングが火線の束を縒るようにキリコの機体に集中した。

「ああーーっ‼」

誰彼の声ともなく悲鳴が上がる。命中! そして着弾、爆発、飛散を予測したものだった。しかし⁉ 襲い掛かる大小の銃弾はまるで実体の無い機体を突き抜けるように後方に流れていった。

「あの機体は幻か‼」

誰の目にもそう見えたが事実はシンプル極まりなく、キリコは機体を左右前後に微かに揺らせギリギリの見切りで敵弾の直撃を避けていたのだった。とはいえそれはまさに奇跡と言えた。その軌跡を可能としたのには種があった。

「一発も売ってないぞ‼」

そう、戦いが始まってからキリコは一発も撃っていなかった。実はそもそも撃てないのだ、銃弾を積んでいないのだ。基本待機重量に近い機体はその分軽く走行性能を上げていた。

「ソルティー‼」

はっ、としてバニラが息子の胸ぐらを掴んだ。

「そ、装弾していないのか‼」

「仕方ないだろう、彼がそう望んだんだ」

「クソッ、キリコの奴最初からそのつもりで!」

キリコが自分を犠牲にしてとバニラが考えたのも無理はなかったが、

「そうとも言えねえぞ、あれを見ろ!」

ゴウトが叫んだ。その指さす先に二機があった。と、

「白兵戦だ‼」

誰とも言えず歓声が上がる。両者の距離はすでに火器を必要としない間合いにあった。キリコの機体からチャイルドの機体から殺気の噴出とも思える火花と共に肩から腰から兵装が爆散した。

そもそもATは歩兵の延長にある。つまりは人体に機動を加算したものとの考えが基本だ。キリコの認識もそこにある。だが、チャイルドにその考えはなかった。さらに言えばチャイルドの短い生存経験の中に人体を闘争の具に使うという発想がなかった。両者の違いは身構えに現れていた。

「こいつは……⁉」

バニラの脳裏に浮かんだことと、他の誰彼によらず感じたことは同じであった。キリコ機の構えには戦いと言うものの本質を表現している何ものかがあった。対するチャイルド機はただ人体を模した構造物を直立させているだけという危うさを醸し出していた。

経験という言葉も、百戦錬磨という言葉もキリコの側にあった。

「とっつあん、やっぱりキリコだ。一枚上手だったな自分の土俵に引っ張り込んだ」

「だな」

大方の予想に向けて戦いは始まっていた。それはまさに白兵戦だった。両機のグライディングホイールが足元の舗装路を削り、互いの鉄の腕と鉄の足とが金属的な衝撃音を放ってぶつかり合った。

「見ろ見ろ見ろ、まるでボクサーとサンドバッグみたいだぜ!」

バニラのいう通りキリコの機体は鉄で出来ているとは思えぬ野獣めいた動きで、撓り矯めた打撃を繰り出していた。チャイルド機の薄い装甲は連発されるアームパンチに拉げ剥げ飛ばされ形勢は誰の目にも明らかに見えたが、

「おい、アームパンチって何発打てるんだ?」

バニラの疑問に答えるようにキリコ機の両拳から爆音が消えた。

「そういやあ、あいつは一発も撃っちゃいねえ!」

ゴウトが言うように先刻の銃撃戦とは反対にチャイルドは防御に徹していた。後で分かったことだがチャイルドの機体は人体の動きや見た目に捕らわれず機械としての動き、つまり回転と直線の組み合わせの中に最小の動きで相手の動きに優る機動性を保持していたのであった。むろんチャイルドの発想と計算がミッションデスクに生かされていた。

「あっ‼」

チャイルドの反撃が始まった。攻撃力を持たない防御ほど脆いものはない。要所を衝いた攻撃はたちまちにキリコ機の機動力を奪った。堪らず片膝を突きぐらりと傾く機体を辛うじて片手が支えた。残る突き出された庇い手をチャイルド機の両手が掴んだ。同時に両腕から薄く爆煙を引いてカートリッジが飛んだ。無残にも肩口から腕が捥ぎ取られていた。もぎ取った腕をそのままに顔面を横に薙ぎ払った。三連のスコープが吹き飛んだ。

「ああーーっ‼」

期せずして起こった絶叫が勝負の終焉を告げていた。

「とどめだ! とどめを刺せ!」

何処かで、誰かが叫んでいた。呼応するようにチャイルド機の両手がキリコ機の頭部に伸びてがっしりと掴んだと同時に再びカートリッジが爆煙を引いて左右に散った。ギシギシと軋みながら半球のコクピットカバーが引きはがされていく。

「クソッたれーっ! こんなことの為にあいつを育てていたのかよっ‼」

「キリコ――‼」

走りだそうとするココナの肩をゴウトが掴んで引き留めた。

「ココナ…」

と、

「ん……⁉」

コクピットカバーを持つチャイルド機の動きが止まった。一拍あって、コクピットカバーが両手からずり落ち、片膝に当たって撥ね跳び、滑走路に弾んでずるりと止まった。

「あ、ああー、あーー、アーマーマグナム‼」

バニラが上ずった声を上げた。

打ち倒され、片膝をつき、腕を捥がれ、コクピットカバーを引き剥がされた機体の、そのむき出しの座席から赤い影が立ち上がった。その手にはATパイロットの最終兵器ともいえるアーマーマグナムが構えられていた。

 

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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