『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第20話

『装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』第20話

 

キリコにもボブゥーがかつての地位からこの辺境にまで流れ落ちて来た理由がやっと解った。

「ルー。お前は数式と論文を仕上げろ。私はキリコと新しくやることが出来た」

そう言うとボブゥーはバトリングの必勝法に取り組み始めた。その顔には苦渋の滲みは一点もなく、まさに没頭、嬉々として喜びに溢れていた。

「キリコ、こことこれと、この点がもう少し細かく数値化できないか? これなんかは主催データの発表じゃあ絶対に足らない、うんうんうん、これも当事者じゃないとチエックの要件にもならないだろう。ここももう少し踏み込む必要があるな……おい、聞いてるのかキリコ!」

主客は転倒していた。

「二会場対決の頂上決戦までどのくらいあるんだ?」

「ざっと、二週間か」

「ようし、それまでに必勝法を仕上げるぞー! ルー、競争だあ!」

(寝た子を起こしてしまったか……)

キリコは悔やみかけた気持ちを、

「頼んだぞ」

言葉に出して押し殺した。

ボブゥーはまず巨大な表を作りその膨大な項目に数値を埋めていった。

「キリコ、これはお前さんが手に入れたデータと結果を関連付けた表だ」

「何が判る?」

「判別的中率」

「ハンベツ…判別…」

「的中率。今までの結果に対する予想と結果の割合ってところかな、ま、予想確率だ。これで見ると確かにざっと9割の的中率だ。だが、見てみろ、こことここ……ここも、ここも開いている。つまりはこの部分のデータを埋めれば…」

「確率は上がる」

「そういうことだ。だがこの項目それぞれが、俺たち一般人じゃあ分からない。当事者それもかなりの経験と、いやそれ以上のプラスアルファーを備えた者でしか埋められない。つまりお前さんの力が必要って訳だ」

キリコはボブゥーが自分の赤い耐圧服に視線を走らせたのを感じた。

それからの数日キリコとボブゥーは毎日バトリング会場へと足を運んだ。むろんそれは残された要件を埋める観察のためのものであったが、

「んーー、キリコ」

「ん?」

「試しに一ゲーム賭けてみないか」

ボブゥーが堪りかねて言うことがあった。否応なく賭博者の血が騒ぐのである。

「まだ早い」

「そろそろ実戦の勘を働かせておかないと本番でドジらないか」

「勘に頼らないためにあんたの力が必要なんだ」

「そ、それはそうだけど……」

ここで手綱を緩めたら元も子もない。

「元金を少し増やしておくことも悪くはないと思うんだが」

「勝負には今ある額で充分のはずだ」

キリコは首を縦には振らなかった。中毒者は一度の気の緩みが、

(命取りになる)

キリコとて知らないことではなかった。

「ボブゥー、今日はここまでだ」

二人は明日のゲームの組み合わせ表をもらって宿に引き上げた。

部屋に戻ったボブゥーはルーに声を掛けた。

「ルー、そっちを一休みしてこっちを手伝え」

「何?」

「それから比べれば子供の遊びみたいなものだが、気晴らしにはなる。それにいずれそっちの方の為にも関係のないことじゃない」

「何?」

ルーも興味を持った。

「これなんだが…仮にバトリング必勝判別表とでも言おうかな…」

ボブゥーがみっちりと記号やら数字やらが書き込まれた2平方メートルほどの表を広げた。

「これはな…」

ボブゥーのルーへの説明はキリコを抜きで始まった。もっとも聞いていてもキリコには意味不明であった。

「これが、目的変数の各群のサンプルサイズだ」

「え、じゃあ説明変数と目的変数の各変数の平均と不偏分散がこれ?」

「まあな、だから、観測値と予測値のずれがこの変数で……」

二人の話を聞いている限りではとてものこと賭け事の必勝法の話とは思えなかった。

やがて……、

「試してみようか」

とキリコが言った。

「……試すって、何を?」

聞き返すボブゥーの目の前に明日のバトリングの組み合わせ表が突き出された。

「やるのか!」

ボブゥーの声が弾んで目が輝いた。

「ボブゥーその気にならないでくれ。実際に買わなくたって試しはできる」

「なんだぁ…つまらない。勝負なしかぁ…」

「勝負するのさ。あんたのその必勝法で三ゲーム転がしてみてくれ、俺も俺のやり方で三ゲーム転がしてみる。どっちが勝つか、やってみないか?」

言うなればキリコの勘と数学的確率論の勝負ということになろうか。

「面白い! よーし勝負だ! ルーお前も手を貸せ、お前は俺の参謀だ」

鼻息も荒くボブゥーが必勝判別表の上に明日のゲームの組み合わせ表を叩きつけた。

翌日、三人はそろって宿を出た。三人一緒の外出にはキリコは抵抗があったが、

「賭け事ってのはオッズが関連するんだ、賭けの倍率な。これはナマものだから現場に行かなくちゃ分からない」

ボブゥーが息巻くのに、

「ルーも行く。ずっと部屋に籠りっぱなしだったし」

キリコも反対はできなかった。

前半はキリコもボブゥーもゲームに参加しなかった。後半に入り幾つかの穴も出て鉄火場らしいエネルギーがうねり始めた。

バトリング会場は警察仕切りでゲームはプロレスまがいに派手だった。

「ルー、面白いか?」

ボブゥーが聞いた。

「面白い。でも、あの赤い方の右手の大爪と、青い方の持つ大ナタは勝負に関係ないね」

ルーの指摘したAT達には見た目に禍々しく恐ろしげな武器の装着が見て取れたが、

「分かってるなルー! あんなものは衣装みたいなものだ商売用だよ。惑わされちゃあいけない。さあ、どうする」

ボブゥーは一刀両断だった。

「俺の読みはこれだ」

キリコは自分の買い目を書き込んだメモをルーに渡した。

「よーし、そいつはゲームが終わったら検証する。私たちのはルーあれでよかったな」

ボブゥーの確認に、

「うん」

とルーが頷くや、

「じゃあ勝負だ!」

言ったボブゥーが身を翻した。止める間もなかった。ボブゥーの姿は穴場――つまり賭け券売り場の雑踏に溶け込んだ。

「ボブゥー…」

見送るキリコの目には諦めの色が浮かんでいた。

その日宿へ帰る道すがらボブゥーの興奮は収まらなかった。

「さすがだなキリコ! あんたの買い方は玄人だぜ。中穴狙いで、しかも外さない。安全も考慮しながら儲けもしっかりだ!」

「ボブゥー、あんたたちのチームもとったじゃないか。しかも儲けは俺の三倍だ」

結果を言えばキリコの読みもボブゥーたちの買いも当たっていた。しかも、

「へへ、これだけあれば本チャン勝負の元金に余裕があるってものだ」

ボブゥーが札びらを顔の前で振って見せた。

「結果はたまたまと言うこともある。宿に戻って検証と分析だ」

キリコは当り障りのないことを口にしたが、

(……なんだかザワザワする)

言葉とは別の、自分の心のうちを覗き込んでいた。

 

続く

 

イラスト:谷口守泰 (C)SUNRISE

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